憎きセカンドレディに鉄槌を!(コミカライズ原作『サレ妻と欲しがり女』)
***

(有名商品の広告ばりに、上條課長とのことをあれだけインスタにアップしているのに、気づかないほうがバカだよね――)

 浴室から聞こえるシャワーの音を聴きながら、赤ワインを口に含んだ。芳醇な香りが鼻腔をくすぐり、赤ワイン特有の渋みが舌の上で解けていく。

 この赤ワインの重たさを感じる渋みのように、何度もそれを味わっていたら飽きてしまう。しかも空気に触れて酸化して風味が変わり、ただのアルコール飲料に落ちる前の、美味しいうちに飲みきらなければならない。

 恋愛だってそう――相手に飽きられる前に、コチラから捨ててやらなきゃね。

「だけどこの間は、超最悪だった……」

 美羽先輩の実家に行くから今夜は来ないと言った上條課長が、泥酔に近い酔い方で現れたのにはギョッとした。

「良平きゅん、どうしたの?」

『どうしたもこうしたもねぇよ! さっさと中に入れろ』

 玄関で応対した私を押し退け、自分の家のように入って行く背中に、べーっと舌を出してやった。

『美羽のヤツ、母親と一緒になって、俺をバカにしやがった』

「良平きゅんかわいそー! すごーく傷ついたよねー」

 まったく感情のこもらない口調で私が返事をしても、まったく気にならないらしく、上條課長はなにもないところを見ながら、親指の爪を苛立ちまかせに噛む。

 悪酔いしている上に、イライラしていることもあり、簡単に宥めることができないだろうなと思いつつも、意を決して頭をなでなでしてみた。

『…………』

「よしよし。良平きゅん、少しは落ち着いた?」

 かわいく見えるであろう上目遣いで、上條課長の顔を下から覗き込んだ途端に、体を抱きしめられた。

 いつもなら体に触れてる手で胸をイヤラしく触ったり、お尻を揉みしだいたりするのに、ただ抱きしめるだけで、一向に動く気配がない。酔っていたら、なおさらそういうことを進んでやる彼がなにもしないことに、一抹の不安を覚えた。

『ああ、春菜は優しいな……』

「良平きゅんにだけ、春菜は優しいんだよ。だって特別なんだもん♡」

 満面の笑みを浮かべながら、上條課長の胸元で頬擦りする。近寄ってるだけで酒臭さが鼻につくが、なんとか我慢した。

『春菜と結婚すればよかった。そしたらこんなにつらい思いをしなくて済んだのに』

「美羽先輩と、なにかあったのぉ?」

 美羽先輩の実家で一悶着があったのは、容易に想像ついちゃうけどね。

『昨日のことで俺が頭を下げて、ちゃんと謝ってやったのに、「信じられない、バカじゃない」って怒鳴られた』

「え~っ、良平きゅん謝ったのに美羽先輩ってば、そんな酷いことを言ったの?」

『俺の顔も見たくないってさ』

「春菜だったらそんなの無理! 良平きゅんに逢えない日があるなら、寂しくて死んじゃうかもしれなぁい」

 ベタすぎる泣き真似をしながら、大きな体にぎゅっと縋りついた。

『死んじゃうなんて、大袈裟だな』

 上條課長が愛おしげに、私の頭を撫ではじめる。他人を慮れる行動から、少しは酔いが覚めてきたことを知る。

「ホントだよ。だからこうして会いに来てくれて、すっごくすっごく嬉しいの♡」

『春菜の顔を見ただけで癒された』

「癒されついでにヤっちゃう? 生ハメえっち」

 言いながら、上條課長の唇を人差し指でちょっとだけ触れる。
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