憎きセカンドレディに鉄槌を!(コミカライズ原作『サレ妻と欲しがり女』)
 困った様相で頼まれても良平さんの妻として、徹底的に抵抗させてもらう!

「貴女が被害者だろうが、良平さんにアプローチをかけた経緯がある以上、彼の妻である私は精神的苦痛を味わったことに変わりないわ」

「それを言うなら、美羽先輩が悪阻で家事がまったくできなかったとき、私がお宅の掃除や洗濯をきっちりやって、良平きゅんの相手もしてあげたんです」

「そんなこと、一切頼んでいない」

 思わず、右手の拳でテーブルを殴った。自分のものと言わんばかりに、いちいち『良平きゅん』という言葉を使って、私をイラつかせるなんて、人を怒らせる天才なのかもしれない。

「わかってないなぁ。それでも私はこの体を全力で駆使して、それらを奥さんの代わりにやったことには変わりないんですよ」

 ピンク色の唇の口角が、嫌な感じでつり上がった。見るからにゾッとするような笑みだった。

「美羽先輩、顔色がどんどん悪くなってるの、気づいてないでしょ?」

「えっ?」

「私との話し合いがすぐに決まって、母体に見えないストレスが急激にかかったでしょうねぇ。もともと体調が悪かったんだから、なおさらですけどぉ」

 顔色が悪いと指摘されたからか、血の気がどんと引いていくのを感じた。じわじわと口内が乾いていき、やがて喉の奥が締められていく感覚に陥る。

「うっ!」

「私と逢う前に、良平きゅんが美羽先輩ともっと激しくヤっていれば、話し合いする前に終わっていたのに。誰かを愛してるって感情は、本当にめんどくさいよね」

 椅子から立ち上がった長谷川さんは伝票を手に取って、目の前を去って行く。

「ま、待っ……」

 痙攣を含んだ下腹部の鈍痛と一緒に、嫌な湿り気が下半身にじわじわと帯びていった。

「美羽先輩にしつこく言われなくても、ちゃーんと別れるんで、戻った良平きゅんとお幸せに♡」

(嘘でしょ、もう少しで彼女を追い詰めて――)

 悔しさに奥歯を噛み締めながら、会計を済ませる細い背中を見ているときだった。横にあるガラス窓がドンドン叩かれる。

「あ……」

 その音で振り向くと、額に汗を滲ませた学くんが血相を変えて、私の名前を呼んだ気がした。そして店を出て行く長谷川さんと入れ違いに、彼が私の元へと駆けつける。

「美羽姉! 大丈夫か? あの女になにか飲まされて、そんな顔色に――」

 私は無言で、椅子の上に置いてあるスマホに指を差した。

「録音し……た。も、ダメみた、ぃ」

 目の前でシャッターが降ろされたように、真っ暗になった視界。あたたかなぬくもりを感じられるのは、学くんが私を支えてくれたのかな。

「美羽姉、しっかりしてくれ! 俺のせいだ。仕事なんか放り出して最初からここにいれば、こんなことにはならなかったのに。クソっ!」

 悔やむ学くんに「そうじゃないよ」って声をかけたかった。でもできなかった。体のあちこちが痺れて、動かすことができなかったから。

 次に私が気がついたのは、遠くから聞こえるサイレンがきっかけだった。真っ白な天井と自分にかけられた布団、耳に聞こえるそれで病院に運ばれたことがわかった。
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