憎きセカンドレディに鉄槌を!(コミカライズ原作『サレ妻と欲しがり女』)
***

 視界に映る白い天井の狭さで、そこが個室だとわかる。目を覚ました私を、ベッドの傍らで椅子に腰かけていた学くんの泣き腫らした瞳が捉えた。涼やかな一重まぶたが哀れなくらいに腫れ上がり、私が倒れたあとに彼が泣きじゃくったことが嫌でもわかる。

「……学くん、ごめんね」

 首を動かすことができたので、彼の顔をしっかり見ながら謝った。

「なんで美羽姉が謝るんだよ。俺が謝らなきゃいけないのに……」

 布団の端を握りしめながら、唇を震わせて告げる。今にも涙を流さんばかりの面持ちを見てるだけで、胸がぎゅっと痛んだ。

「そんなことない。学くんのおかげで、話し合いがいいところまで進んだんだよ」

「美羽姉から教えてもらっていた情報から、旦那さんのスマホに連絡した。すぐに駆けつけるってさ」

 学くんは私のセリフに反応せずに、なぜか良平さんのことを口にした。

「あの人、なにか言ってた?」

 声に抑揚をつけずに訊ねると、学くんは大きなため息を吐いてから、やっとといった感じで口を開く。

「俺からの電話に最初は驚いて、キョドる感じで話をされたんだけど、途中から人が変わったみたいになってさ。美羽姉のお腹のコのことを言ったから……」

「そう。やっぱりダメだったんだね」

 静かな口調で返事をした途端に、滲む涙を何度も袖で拭い、身を震わせながらすすり泣くようにめそめそする彼と、小さいときの彼の姿が被る。大きくなっても、涙もろいところは変わっていないんだなぁって。

「学くん、録音したもの聞いた?」

 暗い話題を断ち切りたかった私は、スマホで録音した例のやり取りについて問いかけてみる。

「ああ。美羽姉、本当によくやったな。あの短時間でいい感じに形成逆転してたのに……。俺がいれば逃がさないようにして、あの女をもっと責めてやったのに!」

 責めてやったのにの部分で、らしくないくらいに尖った声をあげた彼を見たからこそ、私はあえてほほ笑んだ。これ以上学くんが、負の感情に囚われてほしくなかったから。

「私じゃ力不足だったみたい」

「そんなことないって。プレイだかなんかわからない証拠を出されても、冷静に対処していたじゃないか。やっぱり美羽姉はすごい」

 私が笑った意図がわかったのか、怒りの表情を抑えた学くんが、やるせなさそうに笑顔を作った。

「ありがと……」

 いろんな意味を込めて口にすると、学くんはふたたび目元を拭ってから話を続ける。

「時間にしたら10分もかかってない攻防の中で、よく頑張ったと思う。あの女の変な匂い、すごく臭かったよな」

「うん、かなりつらかった」

 学くんが駆けつけたときにも香っていたことに驚いた。長谷川さんと逢った瞬間から、見えない攻撃をずっと受け続けていたことで、体に相当なダメージを受けたんだなと思った。
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