憎きセカンドレディに鉄槌を!(コミカライズ原作『サレ妻と欲しがり女』)
***
美穂おばさんにケーキを手渡してから、階段をのぼって、美羽姉の部屋の前にやっとたどり着いた。
(今回ほど仕事を辞めたくなったのは、はじめてだ――)
早く逢いたくて堪らなかった。逢えなかった日々が、どんなに長く感じたことか。
「美羽姉、俺だ。入るぞ!」
しっかりノックしたあとに扉を開けたら、机に向かってる細い背中が目に留まる。部屋の片隅には段ボールが無造作に積み上げられていて、それを見ただけで表現しがたいなにかが込みあげそうになった。
「学くん……」
俺の声に反応して振り返った美羽姉――まるでマーキングしたような、目の下にくっきり浮んだクマの痕。青白い生気のない顔の美羽姉は、明らかに普通じゃなかった。
「えへへ、実家に出戻りした私は、もう上條美羽じゃなくなっちゃった。戸籍も旧姓に戻ったし、怖いものはないって感じ」
椅子から立ちあがろうとしたのを見て、慌てて美羽姉に駆け寄る。ふらついているのが見てとれたから、慌てたのなんの。
「座ってろって。なにをしてたんだ?」
肩に手をやり強引に座らせたら、美羽姉は机の上に置いてるノートに視線を落とした。
「私はどうしたらよかったのか、思いつくことを書き出してみてるの」
「どうしたらよかったのかなんて――」
そんなことをしても、終わったことは巻き戻せない。タイムループする可能性があるなら話は別だけど、現実問題無理なことだった。
「良平さんが浮気をしないように、私が妊娠しなければよかったのかなぁとか」
「そんなこと言うなよ」
「悪阻だってずーっと具合が悪いわけじゃなかったんだから、良平さんが家にいるときくらいなんとか我慢して、相手をすればよかったのかも」
「美羽姉、もうやめろって」
虚しすぎる言葉を聞きたくなくて止めたというのに、ノートから顔をあげた美羽姉はなにもない目の前を見たまま、ひとりごとのように呟く。
「そもそも甘え上手じゃない私なんて、かわいげがなくて飽きられたのかもしれない……」
「そんなことないって、美羽姉はかわいい! 俺はそんな美羽姉が好きだ!」
自分をどんどん卑下する美羽姉を見ていられなくなり、思わず本音が漏れ出た。
「え――」
空虚を見ていた美羽姉の視線が俺に移動する。なに言ってるのコイツみたいな感情を示すまなざしがビシバシ俺の顔に突き刺さり、頬だけじゃなく全身がぶわっと熱くなった。
「あっあっ、あのな、んーと、そのぅ……」
まじまじと見つめられる美羽姉のまなざしから逃れたくて、俯きながら後退りするしかなかった。
(俺のバカ~! どう考えても告白するタイミングじゃねぇだろ。空気読めよ~!)
「学くん、ありがとね。私を元気づけようとして言ってくれて」
美羽姉の声に導かれるように、頭を少しだけあげた。俺の目に映った顔はほほ笑んでいるのに、目がまったく笑ってなくて、無理しているのが明らかだった。
美穂おばさんにケーキを手渡してから、階段をのぼって、美羽姉の部屋の前にやっとたどり着いた。
(今回ほど仕事を辞めたくなったのは、はじめてだ――)
早く逢いたくて堪らなかった。逢えなかった日々が、どんなに長く感じたことか。
「美羽姉、俺だ。入るぞ!」
しっかりノックしたあとに扉を開けたら、机に向かってる細い背中が目に留まる。部屋の片隅には段ボールが無造作に積み上げられていて、それを見ただけで表現しがたいなにかが込みあげそうになった。
「学くん……」
俺の声に反応して振り返った美羽姉――まるでマーキングしたような、目の下にくっきり浮んだクマの痕。青白い生気のない顔の美羽姉は、明らかに普通じゃなかった。
「えへへ、実家に出戻りした私は、もう上條美羽じゃなくなっちゃった。戸籍も旧姓に戻ったし、怖いものはないって感じ」
椅子から立ちあがろうとしたのを見て、慌てて美羽姉に駆け寄る。ふらついているのが見てとれたから、慌てたのなんの。
「座ってろって。なにをしてたんだ?」
肩に手をやり強引に座らせたら、美羽姉は机の上に置いてるノートに視線を落とした。
「私はどうしたらよかったのか、思いつくことを書き出してみてるの」
「どうしたらよかったのかなんて――」
そんなことをしても、終わったことは巻き戻せない。タイムループする可能性があるなら話は別だけど、現実問題無理なことだった。
「良平さんが浮気をしないように、私が妊娠しなければよかったのかなぁとか」
「そんなこと言うなよ」
「悪阻だってずーっと具合が悪いわけじゃなかったんだから、良平さんが家にいるときくらいなんとか我慢して、相手をすればよかったのかも」
「美羽姉、もうやめろって」
虚しすぎる言葉を聞きたくなくて止めたというのに、ノートから顔をあげた美羽姉はなにもない目の前を見たまま、ひとりごとのように呟く。
「そもそも甘え上手じゃない私なんて、かわいげがなくて飽きられたのかもしれない……」
「そんなことないって、美羽姉はかわいい! 俺はそんな美羽姉が好きだ!」
自分をどんどん卑下する美羽姉を見ていられなくなり、思わず本音が漏れ出た。
「え――」
空虚を見ていた美羽姉の視線が俺に移動する。なに言ってるのコイツみたいな感情を示すまなざしがビシバシ俺の顔に突き刺さり、頬だけじゃなく全身がぶわっと熱くなった。
「あっあっ、あのな、んーと、そのぅ……」
まじまじと見つめられる美羽姉のまなざしから逃れたくて、俯きながら後退りするしかなかった。
(俺のバカ~! どう考えても告白するタイミングじゃねぇだろ。空気読めよ~!)
「学くん、ありがとね。私を元気づけようとして言ってくれて」
美羽姉の声に導かれるように、頭を少しだけあげた。俺の目に映った顔はほほ笑んでいるのに、目がまったく笑ってなくて、無理しているのが明らかだった。