憎きセカンドレディに鉄槌を!(コミカライズ原作『サレ妻と欲しがり女』)
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 日常生活で普通に動くたびに、上條課長に殴られたところから激痛が走る。痛みを感じると手を添えて撫でたいのに、今はその暇すらもおしかった。自分の荷物をちゃんと整理しなきゃ、また殴られるかもしれないから。

 遡ること、美羽先輩とファミレスで逢ったあと。私からのハーブ香撃で彼女の体調があからさまに崩れたのを直接見られて、せせら笑いながら自宅に帰宅した。あのときは、うきうきしたものが腹の底からせり上がるような思いを、全身に感じることができた。

(くふふっ、流産とまではいかなくても、美羽先輩の体にかなりのダメージを与えることができたよね)

 生まれつき遺伝性の疾患で無排卵の私には、子どもを作ることができない。そんな私の目の前に、妊娠して幸せそうな美羽先輩の姿は、必然的に嫉妬の対象になった。

 モーションをかけても、なかなか落とすことのできない上條課長と一緒に、落ちるところまで落としてやる存在になったというのに。

「なんで私が、上條春菜になっちゃったのよ! これじゃあ別れたくても、別れられないじゃない……」

 私の逃げ場となる両親はすでに他界していて、10コ年の離れた兄が、隣の県で結婚して幸せに暮らしてる。その兄に今回私がしでかしたことを暴露してやると、上條課長に脅されてしまった。

 そのことを含めて、あのときのことを思い出すだけでもおぞましい。

 ファミレスでのやり取りの喜びを噛みしめつつ、私自身もこの匂いにやられる前に、さっさとシャワーを浴びた。証拠隠滅するために、持っていたアロマオイルの中身を台所にすべて投げ捨て、瓶をまとめてゴミ袋に入れる。

 瓶同士がガチャガチャぶつかるくらいの量なので、結構かさばった。

 ほかのゴミもまとめて捨てる準備までして、のびのびと部屋でくつろいでいたら、いつもより早くインターフォンが鳴った。相手が上條課長だとわかっているので、前髪を素早く整えながら玄関で出迎える。

「おかえりなさい!」

 かわいい笑顔つきで挨拶した私を、上條課長は無表情でなにも言わずに平手打ちした。

 パンッ!

 辺りに響く頬を叩いた音。その衝撃で顔が真横を向き、長い髪が乱れるように無駄に揺れた。

「良平きゅん、痛~い。いきなり春菜にご褒美なんて嬉っ」

 容赦なく反対の頬も叩かれる。皮膚に残るピリピリした痛みは、いつもの痛みと明らかに違っていた。

「春菜、おまえ自分がなにをしたのか、わかってるのか?」

「な、なにって?」

 叩かれた頬を両手で撫でさする私に、上條課長が冷淡さを含んだまなざしで見下ろした。

 別な言葉で具体的に表現するなら、敵意みたいな感じ。下手をしたら殺意にも受け取れるそれをひしひしと感じ取ったため、自然と後退りする。上條課長は私に導かれるように、音もなく玄関に入った。

「おまえの口から、『なに?』なんて言葉が出てくるとは思わなかった」

「いきなり叩かれて、ビックリするのが普通でしょ。理由が全然わからないよ」

「この家は、こんなにアロマの匂いがしていたか?」

 私の言葉をしっかり無視した上條課長は、四方に視線を飛ばしながら鼻を利かす。その姿を見て、怖々と後退りしていた私の足が止まる。
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