憎きセカンドレディに鉄槌を!(コミカライズ原作『サレ妻と欲しがり女』)
「だったら復讐するのに、この俺を使ってくれないか?」

 いきなりの提案は、考える間もなく即却下だった。

「悪いけど、学くんじゃ無理だと思う。これを読んでみて」

 どうすればよかったのかを書き尽くした次のページを開き、学くんに手渡した。

「これは……。予想される未来の可能性について、美羽姉が全部書き起こしたってことなのか? 思ったよりもたくさんあるな」

 私が時間をかけて書いた計画書に顔を近づけた学くんは、一字一句見落とさないように、丁寧に目を走らせるのがわかった。

「うん。あのコが良平さんと別れた場合を考慮したり、結婚したときのことも予想して、その後私がおこなう行動を、書きとめておいたんだよ」

 学くんは文章を深く読み込んでいるのか、何度もページを行ったり来して、ノートを捲りながら口を開く。

「正直なところ、この内容は手がかかりすぎてる。大金を払ってこれを頼んでも、反社のヤツらは面倒くさがって、アバズレを袋叩きにしてから風俗に売り飛ばすのがオチのような気がする」

「そんな……」

「理由は結果が同じだから。精神的にボロボロにするのも、肉体的にボロボロにするのも、アイツらには変わりないんだって」

 読み込んでいたノートを閉じた学くんは静かにローテーブルに置き、小さなため息を吐いた。

「俺なら美羽姉の考えたシナリオどおりに演じて、アバズレの心を折ることができる」

 学くんはひとりごとのように言いながら、ノートの表面を大切そうに撫でた。痛いところを撫で擦るようなそれを見たからこそ、私の声が激する。

「駄目だよ。良平さんの人格を変えるような相手なのに、学くんを送り込むなんて、危険すぎて私はできない!」

 大事な幼なじみを、絶対に巻き込みたくない気持ちを込めて告げた。

 優しかった良平さんが壊れたように、学くんまでおかしくなったら、美佐子おばさんに申し訳が立たなくなる。しかも私の個人的な怨恨に巻き込んだことを知ったら、絶対に悲しむのは間違いない。

「美羽姉の計画をすべて知った以上、やめないのなら俺はこの話にのるからな」

「学くん……」

 どうしてもこの計画をやめさせたい、彼の最終通告だとわかった。そのせいでもっと反論したいのに、それ以上言葉が出てこなくて、お互いの視線が凍ったように見つめ合う。

「ホントのところはさ、美羽姉の代わりに泣いた俺の涙は本物だっていう証明を、見せてやりたいのもある。悔しい気持ちは、誰よりもわかってるつもりなんだぞ」

「私は学くんを巻き込みたくない……。なにかあったら本当に困る」

 語気を強めて必死に訴えた私を見た学くんは、柔らかく微笑む。すべてを包み込むようなそれを目の当たりにして、なおさら胸が痛んだ。

「美羽姉と修羅の道に落ちるなら、ひとりよりもふたりのほうが、少しでも不安が軽くなるかなと思ってるんだけどさ」

 彼の優しさが、私の心にじわりじわりと染み込んでいく。痛んでいるから余計に染み渡り、苦しいものとは違う感情で、眩暈のように酷く揺れ動いた。

「……学くん、これ以外の方法はないのかな?」

 目の前の視野がぐらりと歪む。水の中にいるような景色を体感したのは久しぶりだった。

「私の中にある憎しみを消す方法が、ほかにはないのかな……」

 両手で顔を覆った私を見た学くんは立ち上がって隣に移動し、なにも言わずに抱きしめてくれる。

「ごめんね、ごめんなさい……」

 謝りながら泣き続けると、大きな手が宥めるように私の頭を撫でた。答えが見つからないまま、優しい時間を過ごすことになったのだった。
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