憎きセカンドレディに鉄槌を!(コミカライズ原作『サレ妻と欲しがり女』)
「白鳥としても、幼なじみの気持ちが晴れないことは、見ていてつらいだろ。相手の悲しい顔やつらい顔しか見れないときは、当然自分だってつらくなるしさ」

「はい、そのとおりです」

「しかも大好きな幼なじみは、浮気をされた被害者だ。なにも悪いことをしていないのに、そんな報いを受ける時点で、なおさら擁護したくなる気持ちだって強くなる」

「はい……」

 まるで、俺の心の中を見透かされているような気がした。いつもの俺なら、必ずどこかで強がってしまうことを口にしてしまうのに、一ノ瀬さんの前だと妙に素直になれる。

 無駄な戯言を言うことなく、一ノ瀬さんの言葉に自然と耳を傾けた。

「傷ついた心は、時間が流れることによって癒すしかない。復讐しても、相手を落とし込んだという、ほんの一瞬の麻薬で終わっちまう。あとから必ず、傷口から膿が出てくるものなんだ。どんなに憎い相手でも、誰かを傷つけた後悔という形でな」

「…………」

 時間の流れが傷を癒す――本当にそうだろうか。美羽姉の場合、どんどん傷が悪化しているようにしか見えなかった。それをあのノートが示してる。もしかしてノートに思いを書き綴ったから、悪化したのだろうか。

「白鳥おまえは、それを受け止める強さを持ち合わせているのか? 自分だけじゃなくて、幼なじみの分もだ」

「俺の強さ……」

 俺と美羽姉ふたり分の強さと言われても、イマイチわからない。だって俺は美羽姉を守ることしか頭になくて、それ以外のことが全然思い浮かばない。

「そうだ。それがないなら、さっさと手を引け。俺みたいにな、賢く生きる選択をしろ」

「一ノ瀬さんはいったい?」

 目を瞬かせながら彼を見つめると、無造作に短い頭を掻いて口を開く。

「長くこの業界でカメラマンをしてると、人の強欲とか汚いものばかり目にするもんだから、ほとほと疲れるというわけ。だから俺は一線を退いて、グラビア一本に絞った」

「なるほど……」

 それが原因で、副編集長とコンビを解消したのか――。

「その点、副編集長の場合は、人の欲を暴きたい気持ちが異常だからさ。ゲイバーに潜入して(やく)のルートを調べあげて、薬物を使用してる芸能人をスクープするなんて、普通じゃできないだろ。やってること、麻取と同じなんだぜ」

 しらけた笑いを頬に滲ませた一ノ瀬さんに、黙ったまま首を縦に大きく振ってみせた。

「おまえ、ここに来るまでに、副編集長になにか言われなかったのか?」

 ビシッと人差し指を差して訊ねられたことに、どうにも驚きを隠せない。思わず天井に指差しながら、興奮した口調で話しかける。

「ポップエイジに行って、半裸の写真を撮られろと言われました」

 一ノ瀬さんは俺のセリフを聞いた途端にお腹を抱えて、声高々にゲラゲラ笑いだす。

「精神的に傷ついて、翼をへし折られた美青年の半裸は、さぞかし売れるのがわかって、アイツは言ったんだぞ。ちなみにカメラマンの俺なら、半裸じゃくヌードだけどな」

「ゲッ……」

 モデル時代にはオーダーされたことのない言葉に、今の自分がどれだけ落ち込んでいるのかを思い知らされた。

「そうだな、際どいヌードと一緒に涙目のアップと『貴女のぬくもりに包まれたい』みたいなタイトルをつけりゃ、女性の庇護欲をそそって、飛ぶように雑誌が売れるって。それくらい白鳥の顔色が冴えないことを俺だけじゃなく、副編集長も見抜いてるんだ」

 さすがはカメラマン。流れるように被写体のカットを指定するだけじゃなく、キャッチコピーまで思い浮かぶなんて、俺には真似できない。というか意味深に見つめられると、服を着てるのにそれらを透明化して、脱がされている気分に陥る。
< 68 / 118 >

この作品をシェア

pagetop