憎きセカンドレディに鉄槌を!(コミカライズ原作『サレ妻と欲しがり女』)
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「なんだい、そのいけ好かない格好は。誰の趣味だい?」

 自宅に帰るなり、リビングで俺と鉢合わせした途端に、腰に手を当てながらじっと睨みを利かせる鬼ババもとい、お袋の視線がぐさぐさ体に突き刺さる。あまり長く会話をしたら、面倒になることが丸わかりだった。

「……イメチェンくらい、別にいいだろ」

 棒読みで言い放ち、目の前にいるお袋をやり過ごそうと足を前に進ませた瞬間に、行く手を阻まれる。

「着てる服、明らかにブランド物だねぇ。しかもブランドロゴが入った袋を両肩にぶら下げているところを見ると、誰かに買ってもらったのかい。ホストならまだしも、フリーカメラマンの身分で、どこのパトロンを捕まえたんだい?」

 お袋は品定めするように上から下まで冷ややかに眺めたあと、俺の顔を凝視した。

「誰だって関係ないだろ……」

「瞳の色に合わせた髪色は嫌味がなく、学の雰囲気をものすごく良くしてる。パーマをかけたのは、寝癖がわからないようにするためだね。着てる服の趣味も体形に合わせているから、センス良く見える」

「くっ……」

「まるで、高級ブランドのモデルさんみたいじゃないか。カメラマンを辞めて、パリコレにでも出るつもりなのかい?」

 一ノ瀬さん並みの観察眼に、ヤバいと思ったそのときだった。

「美羽ちゃんのために、イメチェンしたのかい?」

 いきなり確信をついて訊ねるセリフは、言い知れぬ凄みがあって、体がぶるりと震えてしまった。

「ほ、ほっといてくれ……」

「ほっとけるわけないじゃないか、私を誰だと思ってるんだい!」

「ぉ、お母さんです」

 あまりの迫力に腰を引きつつ、少しだけ後退りしながら告げる。リビングという広い空間で会話をしているというのに、現状はドラマで見た、警察署にある狭い取調室でおこなっているみたいな様子だった。

 腰に手を当てながら俺を見上げるお袋から、圧迫面接並みのプレッシャーをまざまざと感じる。

「学がそんならしくない格好をしてるのは、なにか深い理由があることくらい、すぐにわかったよ」

「見逃してくれ……」

 余計なことを言って、さらなる悲劇を免れたかった俺は、端的なセリフしか告げることができない。

「見逃してくれね。そんな言葉が出てくるということは、これからよくないことをしようとしてる。ひとえに、大好きな美羽ちゃんのためにだね?」

(ああ、本当にお袋を相手にするのは嫌だ。頭があがらない時点で、屈服させられてるもんな)

 俺はなけなしの勇気を振り絞り、両手をぎゅっと握りしめて、お袋を見下ろした。一応、目力を込めて睨みつける。

「なんだい、その顔は」

 俺の目力もなんのその、目尻を険しく吊り上げたお袋に睨み返された。

「俺、近いうちにここを出て、違う場所に住むから」

 声が震えないように最新の注意を払いながら告げると、俺の瞳に映る顔が驚きに満ち溢れる。

「引越しと美羽ちゃんのことは、なにか関係があるんだろ?」

「余計なことを美羽姉に言うなよ。チクったら、親子の縁を切るから!」

 子どもから親に対して、言ってはいけない言葉なのはわかっていた。告げた瞬間に目の当たりにした、お袋のショックを受けた顔がそれを示していて。

「学……」

 俺は不器用だから、自分の手で守れる人はこの世にひとりしかいない。たとえ親と縁を切ってでも、今回のことは絶対にやり抜く決意は固かった。

「引越しの準備があるから、もうこれで終わりな」

 顔を横に逸らして悲しげなお袋の視線を振り切り、階段を急いで駆け上がる。今回のことは、実家から自立するためのスタートにも感じたのだった。
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