憎きセカンドレディに鉄槌を!(コミカライズ原作『サレ妻と欲しがり女』)
***

 アバズレの前から足早に立ち去った俺は、ある程度の距離をとってから、連絡をくれた一ノ瀬さんにリダイヤルした。

「もしもし一ノ瀬さん、連絡ありがとうございました。いいタイミングの引き際になったんですよ」

『白鳥のその声の感じは、いい手応えがあったということか』

 一ノ瀬さんの弾んだ口調に合わせる感じで、俺も朗らかに返事をする。

「一ノ瀬さんが言ったように二の腕を指摘したら、向こうが勝手に食らいつきました。さすがです」

 声を低くしながら、周りをもう一度確認する。念には念を入れなければ、足元をすくわれる恐れがあるから。

『ちゃんと録音できてるか、あとで確認しておけよ。大事な証拠品になるからさ』

「はい。バックアップのために、一ノ瀬さんと幼なじみに転送しておきます」

 アバズレとの会話は、すべて録音することになっている。これらをまとめて、元旦那さんに送ることになっているからこそ、会話には細心の注意が必要だった。

『今回は三分だったが、次回は十分弱で連絡を入れる。まずは白鳥が売れっ子カメラマンで忙しいことを、向こうに認識してもらってから、次回に繋げるぞ。なかなか逢えない相手との逢瀬は、さぞかし蜜の味になるからな』

「わかりました」

『それと今後は会話で、女の現状をできるだけ引き出せ。そこに必ず弱点が表れる。分析は俺に任せろ。おまえの情報はアッチが勝手に調べるだろうから、余計なことは喋らなくていい。素直な白鳥が喋れば、ボロが出る可能性がある』

「はい」

 素直な白鳥――それが俺の弱点であり、アバズレに絶対突っつかれちゃいけない、無防備ところ。これを幾重にもガードして、晒さないように注意する。

「一ノ瀬さん、本当にありがとうございます」

 頼りがいのある先輩のおかげで、今後の目途が自動的にたっていく。俺はなにも考えずに、それをなぞればいい。アバズレを罵りたい感情を押し殺し、ひたすらいい人を演じる。美羽姉のことを想えば、負の感情なんて抑えることは簡単だった。

『しっかし俺が苦労するところを、あっさりやり遂げちまうんだから、イケメンっていうのは羨ましいにもほどがあるな。それじゃ!』

 スマホをタップして会話を終了しながら、もう一度後ろを振り返った。アバズレが背後にいないことを、しっかり確認する。

「美羽姉に逢いたいな……」

 目に映る抜けるような青空を見た瞬間、そう思ってしまうのは、いつものことだった。仕事やプライベートで逢えない時間が長ければ長い分だけ、美羽姉にたいする気持ちが増えていく。

 増えて溢れて、そのことを実感して終わり。ずっとそんな感じが延々と続いていく。それでもよかった。

 美羽姉に邪な想いを抱く俺じゃなく、『幼なじみの学くん』のほうが距離感が近い。だからそれを絶対に崩したくなかったし、この世で一番美羽姉の近くにいられる男として、誰にも負けないことだから――。
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