憎きセカンドレディに鉄槌を!(コミカライズ原作『サレ妻と欲しがり女』)
***

 大きな深呼吸をしたあと、学くんから送られてきたデータを、パソコンで再生した。

『あ~っ、つまんないつまんないっ!』

(――なにがつまらないのよ。私から全部奪っておきながら!)

 室内に響くあのコのセリフ。唐突にはじまった学くんのミッションに、手に汗を握りながら聞き入る。

『そのかわいい顔、いただき!』

 心にも思っていないことを楽しげに告げた学くんの言葉のチョイスに、思わず笑ってしまった。

『ちょっ、いきなりなんなの?』

 久しぶりに聞く不快感を含んだあのコの声が私の鼓膜に貼りつき、心が強く揺さぶられたせいで、奥歯を強く噛みしめる。表現しがたい怒りが一気に沸きあがり、握りしめてる拳がぶるぶる震えた。不思議とファミレスでの出来事が、脳裏を過ぎる。

『お姉さん、おもしろい顔は、もうしてくれないんですか?』

『おもしろい顔なんて、そんなのしたつもりは――』

『ね、おもしろい顔ですよね?』

 学くんが訊ねたというのに、事実を突きつけられたせいで、あのコが答えられなかったことに失笑した。録音したものと一緒に、そのときの写真も送られてきたのだけれど、おもしろい顔というより、不愉快さを凝縮したような変顔に私の目に映った。

『お姉さんは主婦なんですね』

『どうしてわかったの?』

『左手の薬指を見れば、誰だってわかると思います』

『そういう貴方は、どこの誰なのかな?』

『お姉さんを勝手に撮影してごめんなさい。僕はこういう者です』

 一ノ瀬さんの指導のおかげなのか、学くんの会話にまったく不自然さがない。隙のない淡々とした口調でのやり取りが見えない壁を作り、ほどよい距離感を表していた。

『フリーカメラマン、白鳥翼……くん』

 相手の名前を知って、嬉しさが言葉の端々に出ているあのコの気持ち悪さに、背筋がゾッとする。学くんは直接対話しているんだから、私以上にそのことを痛感しているのかもしれない。

『はい、ただのしがないカメラマンです』

『さっきの写真、私は変な顔してたけど、周りの景色がしっかり綺麗に撮れてると思ったんだ。さすがはプロだね、すごいよ、尊敬する!』

『ありがとうございます』

 猫なで声をあげるあのコのテンションとは裏腹に、学くんはひたすら冷静に接し続ける。このあとどんな展開が待っているのか耳をそばだてると、一ノ瀬さんからのラインの合図が現場に流れた。

(もう三分経ったってことなの? すごく早く感じる。もっと喋っていたいって、あのコは思うハズよね……)

 学くんがあのコから解放されることに、ほっと胸を撫でおろす。

『お姉さんとせっかくお知り合いになれたのに、仕事の呼び出しが入ってしまいました』

『残念だね、翼くん』

『また逢うことがあれば、さっきよりも二の腕を細く撮影してあげます』

『私、主婦で暇してるから、いつでも逢えるよ!』

 声の大きさで、あのコが学くんに身を乗り出したのがわかった。胸の中のモヤモヤが、次第に増えていく。

『そうなんですか』

『翼くんさえよければ、ラインの交換しない? もちろん友達としてだけどね!』

 学くんの連絡先を確実に手に入れようと必死になり、友達にアクセントを置いて誘いをかけたことで、男性に近づく彼女なりの積極的なアプローチ方法なのが理解できた。

『友達とはいえ、僕とラインの交換をすることを知ったら、旦那さんはよく思わないんじゃないですか?』

『大丈夫大丈夫! あの人、私になんて、ぜ〜んぜん興味ないんだもん。ただの都合のいい家政婦と思ってるんじゃないかな』

『だったら、日頃の愚痴を聞きますね』

『ありがと~。愚痴のラインたくさん送っても、翼くん引かないでね?』

『あはは、どうでしょう……』

 交換してるらしい物音を聞きながら、さっきあのコが言ったことを考える。

 私を貶めて不倫の末に結婚したというのに、良平さんがあのコに興味がないっていうのは、おかしい気がした。それとも、学くんとラインの交換をするために、咄嗟についた嘘の可能性がある。

「どっちにしろ、まんまと蜘蛛の糸にかかってくれたことには、変わりないのよね」

 作戦は無事に実行されて、あのコと接触できたというのに、彼を自分の復讐に巻き込んでしまった後悔は、大きくなっていた。それを悟られないようにしなきゃと考え、電話ではなくラインで学くんに連絡した。彼女の言葉を確かめることをアドバイスして、私は明日に備えたのだった。
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