ショートケーキと羊羹の空想論
「さっきのことで。ひとつだけモヤモヤすることがあるんだけど」

「なんですか?」

 隣りに並んだ彼が私を見て首を傾げた。

「この本。床に開いたまま落ちていたでしょ? いったい誰が読んでいたのかなって」

 真柴くんは夕方と夜の境目の空を見上げ、「ああ、なるほど」と相槌を打った。

「多分、なんですけど」

「うん」

「それを読んでいた人は、慌てて本棚に仕舞わないといけない事情があって……結果、本が落ちて開いただけかもしれないっスよね」

「うーん……?」

 なんとなく腑に落ちない。

 真柴くんも昨日図書室にいて、私が気絶したと思って声を掛けてくれたみたいだけど……。

 そもそも真柴くんはどこから私を見ていたんだろう?

「……まぁ、いっか」

 いつの間にか太陽が沈み、遥か遠くにそびえる山や建物の外観が、真っ黒に染まって見えた。空が薄紫色の淡い色彩に包まれる。

 黄昏時であり、マジックアワーとも呼ばれている。それから逢魔が時とも。

「ねぇ。今の時間帯ってさ、逢魔が時とも言うでしょ? もし魔物に遭遇したら、真柴くんならどうする?」

 彼はキョトンと目を瞬き、「決まってますよ」と答えた。

「あん子先輩の手を引いて全力で逃げます」

 当然でしょ、と言いたげな笑みを見て、心臓の奥に甘い痛みが走った。

 ***

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