君の香りに囚われて
人の肌の温もり。
なんて心地が良いのだろう。
頬を寄せるとすごく安心する。
ひと目見た時から、苺花のことは気に入っていたんだ。
自分の好みのタイプなんだと思う。
初めて知ったんだけど。
出会った時の火花が散ったような衝撃。
小さくて愛らしくて。
あの大きな瞳で見つめられると、そっと抱き寄せて守ってあげたくなる。
それに近くに寄ったらものすごくいい香りだった。
嗅いでみたくて仕方なくなって我慢できなかったんだ、、、。
すっかり苺花の香りの虜になってしまった。
その上、触れてみたらものすごくフワフワで柔らかかった。
なによりも驚いたのはティンを見ても苺花は態度が変わらなかったことだった。
ティンたちのグループのことを知っていてもいなくても、出会った人達はみんなティンに見惚れて固まったり、驚いて悲鳴をあげたり、と様々なパターンを見てきた。
自分の容姿については十二分に理解していたからそれが当たり前の反応なのだと思っていた。
けれど、苺花はどうだったっけ??
最初、普通に挨拶をしてきたし、こっちは心臓を撃ち抜かれたくらいの衝撃を受けていて、話しかけたくてソワソワしてたのに、その後も淡々と接客していた姿を思い出す。
ヨル兄さんばっかり見つめて、ティンのことなど眼中に無かったことも苛立ちを隠せなかった。
だからあんなに焦って近づきすぎたんだ、、、。
後から考えると、もっと冷静なアプローチが、出来たはずなのに、、、。
あの衝動的な自分の行動はとにかく猛省するしか無かった。
あんなことをしなければ、もっと早く親しくなれただろうに。
余計に警戒されることになってしまった。
そこから考えたら、ここまで近づける様になったのは本当に嬉しいことだった。
ティンの口角が自然と上がる。
当たり前だけど、
いくら苺花が小さいといっても、クムよりは全然大きい。
でも苺花を膝の上に載せたら、足が床につかなくて、足先がブラブラと揺れているのが見えた。
その足もすごく小さい。
その小ささに思わずゾクっとフェティシズムを刺激される。
自分の腕の中にすっぽりと収まる苺花。
このまま抱き上げたら逃げることもできないだろう。
これは、支配欲というのだろうか。
どうしても彼女を手に入れたいという欲望がのそりと姿を現す。
いつもその欲望は自分のすぐ近くに影になって隠れている。
でもこうやって急に大きな姿になって現れるんだ。
やめてくれ。
その欲望に抗おうとティンが抵抗する。
しかし、相手は更に大きな姿になる。
そして小さな声で唆してくるんだ。
『この部屋に閉じ込めておけばいい。
外に絶対に出さないで、自分がいつ帰っても彼女が部屋で待っててくれる。
なんて素敵なことだろう。
そう思わないか。』
仄暗い欲望の囁きに胸が熱くなる。
自分勝手な想像を膨らませて、苺花に抱きしめてもらいながらうっとりと思考の狭間を漂う。
この欲望は、彼女に知られるようなことは絶対にしてはならないんだ。
こんなことを考えているなんてきっと苺花は思いつきもしないだろうから。
怖がらせたくない。
、、、絶対に嫌われたくない。
だから。
我慢。
我慢。
欲望をまた自分の影に無理矢理追いやる。
知らない内に部屋の中は、濃度を増した苺花の匂いが、充満していた。
その匂いにやっと気がつく。
この匂いが欲望に強い力を与えるんだ。
気がついてしまうと、呼吸さえうまくできなくなる。
少し気分を変えないといけない。
理性を働かせて、苺花を抱きしめたままヨイショと立ち上がる。
軽い。
この狭い部屋にいたら、苺花の匂いに窒息させられてしまう。
「え?ティンどこ行くの??」
苺花がティンの首に回していた腕を解いて肩に手を載せて見下ろしてくる。
「うん。ちょっと休憩しよ。
コーヒー??
紅茶??
俺が淹れてあげるね。
捕まってて運んであげるから。」
そう言ったけど、苺花は首に腕を回してくれることはなかった。
そのまま肩に手を乗せて自分のバランスを保っている。
不安そうな顔をしている。
距離を取られてしまったみたいだ。
ちょっと残念。
ちぇ。
そんな気持ちでリビングまで行き、ソファに、そっと苺花を下ろした。
キッチンの換気扇を回す。
気休めかもしれないけど、苺花の匂いを飛ばさないと。
まだ、余韻が残っている。
ドキドキと心臓が高鳴っている。
ティンは電気ケトルに水を注いでスイッチを入れた。
キッチンに両手をついて下を向く。
ふぅーーーっと苺花に聞こえないくらい小さな声で息を吐く。
少し苺花から離れたことで段々と落ち着きを取り戻す。
今日は今までで1番危なかった。
苺花の匂いは本当に危ない。
苺花をそっと見ると、
大きなソファに沈み込んでいた。
こっちを見てはいない。
この前みたいに倒れたらどうしようと思ったけど、
意外に大丈夫そうだ。
ホッと息を吐く。
段々と自分に慣れてきているからかな?
距離が近づいている?
そんな思いに至ってティンは嬉しくなる。
まるで野良猫みたいだ。
可愛い顔をして側に寄ってくるから、こちらも嬉しくなって近づこうとするとさっと身をひく。
毛を逆立てて威嚇することはないけど、こちらの様子を伺ってある一定の距離をとって様子を見ている感じ。
きっと嫌いじゃないんだろうけど、そこまで気を許してないっていうのかな。
少しづつ手懐けて自分からすり寄ってくるようになってくれるかな。
それを、想像するとちょっと嬉しい。
その過程も楽しみだなって思った。
こんなに好意を丸出しにしてるのに。
近づかれるのが怖がっている。
男に慣れていない。
それは、今まで誰にも触れられたことがない証拠ってことだよね。
自分だけの宝物。
、、、ヨル兄さんにも触れさせたくない。
大事に大事に少しづつ。
焦らないで距離を縮めないと。
苺花に紅茶を淹れてあげる。
ティーポットにいい香りのする茶葉を入れてお湯を注ぐ。
誰かにお茶を淹れてあげることなんて今までなかった。
いつもしてもらう方だった。
ティーセットを運ぶティンの姿を苺花が目で追っている。
待てをしている時のクムみたいだ。
床にお腹をつけて座って顔だけ上げて、大きな瞳でティンの動きを目で追っていた。
その瞳に映る自分を強く意識して、背筋が伸びる。
出来るだけ優雅に。
所作が綺麗に見えるように振る舞わなくちゃ。
「どうぞ。熱いから気をつけてね。」
他の人には見せないとっておきの笑顔。
カップに紅茶を注いで苺花の前に置いてあげる。
「ありがとう。」
ティンを見上げて微笑む。
苺花と一緒にいると安心する。
なんというか邪魔にならない。
他の人だとこういう気持ちにはならない。
側にいられると気になってしまって神経が張り詰めるからだ。
集中しなければならない時は余計に気になってしまう性質だった。
紅茶をフーフーしている苺花の頭を我慢できなくなってそっと撫でる。
紅茶に息を吹きかけることに夢中な苺花は気も留めないで撫でられている。
「あっ。ティン。
お昼ご飯何食べたい?
作ろうか?」
思いついたように顔を上げてこちらを見上げる。
「え!本当??
この前作ってくれたわかめのスープ飲みたい!
まだ材料あったと思う。」
「うん。分かった。」
そう言って、
他の料理のメニューを考えているようだった。
その後は、お昼ご飯を作ってもらって一緒に食べて、また作業に戻る。
今度は窓を開けて、匂いと欲望に捕まらないようにしないと。
集中集中。
本を読む苺花の微かな気配を隣で感じながら、ティンはその後の作業をサクサクと進めたのだった。