君の香りに囚われて
堕ちる


 夕方までに来てほしい、とティンから携帯電話にメッセージが届いていた。


ここに来る時は必ずティンとメッセージを送り合う。

時間のある時はずいぶんと長くそのやり取りが続くこともある。


他愛のない内容も多かった。

でも楽しくてくすぐったい様な恥ずかしい様な。

メッセージも打ち解けた表現が多くなっていた。


ティンも心を許してくれている。

メッセージの合間にもそれを感じることができるからだった。

ヨルさんの期待に応えられている、

とても嬉しかった。


ティンが芸能人だということをすっかり忘れている。


詩と違って苺花は芸能界に全然興味がないからかもしれないし、ほかに男友達がいないので比べる相手もいないからかもしれない。

またティンの美しすぎる容姿にはあんまり惑わされないのもある。


美しすぎて、本当に人間なのかな?ってたまに思う時もある。

だから好み以前の問題なのかもしれない。


自分の好みは大人で背の高くて落ち着いている人。

他の人に配慮ができて、いつでも優しくて、、。


その時、脳裏に思い浮かべるのはヨルさんただ1人だった。

ヨルさんへの淡い想いがティンへ傾きそうな気持ちにストップをかけているのかもしれない。


ヨルさんは私のお守り。

うん。大丈夫。

右手で自分の胸をポンポンと叩いて気分を切り替える。



 ティンのグループの曲をよく知らないと正直に話したら、ティンがCDや DVDなどプレゼントしてくれた。


苺花は遠慮して自分で買うと言ったのだが、

「俺のこと興味を持ってくれると嬉しい。

知りたいと思ってくれてるんでしょ??」

と強引に紙袋に入れられた物を渡されてしまった。


他にも事あるごとに何かしらプレゼントを渡してこようとするのだが、丁寧にお断りしていた。

プレゼントをもらう理由が自分にはない。

そんな時、ティンが向ける、縋るような目線。

母性本能をくすぐられるとはこういうことなのかな。

断ると毎回こういう表情をしてくる。

そういう表情のティンは千隼より幼い感じがしてしまう。


先ほどの質問に苺花が答えられずにいると

「まあ、いいや、」

とティンが雰囲気を変えるようにCDの電源を入れる。

心地よいメロディが流れ、メインボーカルのティンが歌い出す。

透明感のある綺麗な高音。

ティンって歌上手なんだねーって感心する。

ティンにそう言ったらちょっと呆れられてしまう。


韓国アーティストたちの熾烈な争いについて苺花は全くの無知だった。

昼夜問わずの毎日のレッスン。

ダンス、筋トレ、ボイストレーニング、多言語の語学習得のための授業、撮影、曲作り、レコーディング、コンサート等気の休まる暇がないそうだ。

過度なダイエットで体調を崩したり、忙しすぎるスケジュールに精神的にも追い詰められたりするようだ。


ファンも応援してくれるばかりではなく、SNS上では必ずアンチコメントが発生する。
アンチコメントには本当に精神が削られる、、、。


ティンも最近の不調のせいで韓国国内のSNS上で随分と個人攻撃に合ったそうで、

「ティンはグループにふさわしくない。」
「グループから脱退せよ。」

など、枚挙にいとまがなかったそうだ。

これにもかなり精神的に追い詰められたと話していた。

「日本に来て、ホッとした。

苺花と一緒にいるから、SNSを見なくても済んでる。」

そう言って落ち着いた顔をしていた。

スケジュールがかなり緩めになっていて、長めの滞在中、都内でのコンサートとテレビ番組の出演と雑誌の取材をこなせば久しぶりの休暇が取れる、と改めて説明される。


他のメンバーは観光を楽しんだり、早めに帰国をして家族に会いに帰ったり、思い思いに過ごすということだった。

「今回本当に日本に来れてよかった。

ヨル兄さんに会えたし、話せたし。

俺をいつも救ってくれるのはヨル兄さんなんだ。

今回はみんなに迷惑をかけると思ってグループの脱退も考えてたんだけど、、、。

ヨル兄さんのおかげで苺花に会うことができたからね。

救われた。」

そう言って苺花座っているソファの隣にゆったりと足を組んで腰掛ける。

苺花の髪の毛を一房人差し指で掬って唇を寄せる。


そして、苺花の瞳を見下ろしてくる。


グレーの美しい瞳に熱が宿っている。


苺花の頬にもその熱が移る。

見つめ合ったまま、お互いに動けなかった。


「苺花の香りがとても好きだ。

会うたびに君が好きなんだと思い知らされるよ。

こんな気持ちになったのは初めてで、自分でも戸惑う。」

声にも熱をはらんでいる。

素直なティンの言葉に心臓の音が大きくなる。

「そんな目で見ないでよ。」

小声で呟く。

そのままゆっくりとティンの美しい顔が迫ってきた。


綺麗な瞳、、、、


その動きに合わせて自然と瞼が下りる。

柔らかく唇が合わせられる。

すべすべのティンの手が苺花の頬に添えられ上を向かされる。


上気した頬に冷たい手のひら。

心地よくて軽く唇が開かれる。

そこにティンの舌が差し込まれる。

苺花にとっては初めての経験だったので、すっかりティンのペースに載せられていた。


「んぅっ、、、。」

この前みたいな甘い声が漏れる。

苺花は呼吸をする方法も分からず、ティンの動きに一生懸命応えるしかなかった。

息も絶え絶えになっていた。


ティンがそっと唇を離す。

そのままゆっくりと唇が頬から耳の方へ移動して首筋に下りる。

何度も柔らかい感触が押し当てられていく。

そしてその度に、苺花の身体がピクリと反応する。


また意識が無くなりそう、、、。


呼吸がうまく出来ず、涙目になり、目を開けても滲んで何も見えなかった。


そんな様子に気がついて、ティンは唇を離して柔らかく苺花を抱きしめる。

抱きしめられて上を向いた苺花のまなじりから涙が一筋溢れた。



しばらくして呼吸の整った苺花は意識を浮上させる。

ティンに抱きしめられたままだったが、ティンの背中が揺れているのが分かった。


ティンは泣いているの?

脱力していた腕になんとか力を込めてそっと背中に回して優しくさする。


ティンは身体を苺花の方に預けて声を出さずに、静かに泣いていた。


小さな苺花の背中が徐々にソファに沈んでいく。

ティンが苺花に覆いかぶさるような体勢になる。


両腕を苺花の背中から外し、脇の下あたりに添えてからぐっと上体を起こす。


ティンの綺麗な顔が涙に濡れていた。


涙がポタリポタリと苺花に降ってくる。

そっと手を頬に当てて、優しく涙を拭ってあげる。

ティンはその手に頬を押し当てるようにした。


「俺から離れないで。

俺だけを見ていて。

もっと、、、触って。」

小さな声で哀願した。


苺花の手にティンの手が重ねられる。

手の甲を優しく包まれてから、軽く掴まれる。


手首の内側に唇を寄せられる。

チュッチュッと音を立ててキスが何度も落とされる。

肌がその度に粟立つ。


くすぐったいようなそこから徐々に熱を帯びるような感覚。

それが段々と腕の内側の上の方に進んでいく。


時々強く吸われる。


「んっ!痛い。ティン痛いよ。」

抗議の声にティンが唇を離す。


「綺麗についたよ。」

色気のある表情で満足そうに笑う。


「え?」

掴まれた腕の袖が二の腕までめくれている。

苺花がそこに視線をやると、赤い小さな花のようなアザが3箇所ほどつけられていた。

「俺の印。

苺花を誰にも取られたくない。」

掴まれた腕が離され、ティンの指先がそのまま苺花の顎を捉える。

赤い跡を見ていた苺花の視線を強引に自分の方に向かせる。

「あっ、、、。」


苺花がキスマークについて抗議の声を上げる前に深いキスを落とす。


水音が部屋に響いて、合間に苺花の小さな喘ぎ声も聞こえる。

息がうまく継げなくて、ティンに応えるだけで精一杯なのが伝わってくる。

苺花の甘い芳香が濃度を増していく。



可愛い。


ティンはその声にゾクゾクと本能を刺激されていた。

この声を上げさせているのが自分だと思うと、興奮する。


このまま苺花を自分のものにしたい。


苺花の強く甘い香り、喘ぎ声に、頭の中が熱くて今にも焼き切れそうだった。

それでもわずかに残っている理性を少しだけ働かせる。

この自分の中の声を無視したら、もう自分が止まれないことは分かっていた。


唇を首筋に這わせる。

特に耳の下あたりから強い香りがする。

甘くて逆らえなくなるような、自分を保っていられなくなるような、そんな濃厚な香りだった。


苺花の腕につけた自分の印を首筋にもつける。

二度三度と。

苺花のかすかな抵抗を感じるが、鍛え上げられたティンの前ではなんの効果もなかった。

ぎゅっと握られた小さな拳。

可愛い。

可愛すぎて堪らなくなる。


その手首を両手で軽く抑えつけている。

自分でつけた印がとても鮮やかな赤色をしていて、また満足そうな笑顔がこぼれる。



ティンの瞳から色気が溢れ出ていた。

苺花はティンの放つ色気に圧倒される。

これから自分がどうなってしまうのか怖くなって身をよじる。


「っん、いやぁ、、、。

ティン、、、まって、、、。」


やっと絞り出した涙声の苺花の言葉がティンの耳に届く。




 その時玄関のエレベーターが開く音が遠く、だけどやけにハッキリと聞こえた。


ハッとティンの動きが止まり、力が緩められる。


その隙に苺花はティンの身体の下からなんとか抜け出し、ソファの一番端までにじり寄ってから身体を起した。
呼吸が荒くなっていた。


乱れた襟元を震える手で直す。

髪の毛も慌てて手櫛で撫でつける。



ガチャっと音がした。


リビングのドアを開けたのはヨルさんだった。


ソファに座り直したティンは何も言わずにヨルさんを見つめている。


美しい顔に前髪が乱れてかかっている。


呼吸も整っていなかった。




2人のただならぬ様子と部屋中に撒き散らされている苺花の強い匂いに、すぐこの部屋で何があったのかヨルさんには分かってしまったようだった。


「苺花、大丈夫??」

すぐに苺花に気がついてソファの足元に跪き顔を覗き込んでくる。



俯いて涙で濡れた顔。

上気した頬。

リップのよれた唇。

こんな顔をヨルさんには見せたくなかった。


ヨルさんはすぐに濡れたタオルを持ってきてくれて苺花の頬に当ててくれた。


当ててくれながら、苺花の白い首筋に付けられたキスマークにも気がついたようだった。

「これ、、、。」

指先でそっと触れようとする。


「俺の!触らないで!!」

大きな声を出して両手を広げたティンが間に入る。

驚いてヨルさんの動きが止まる。


ヨルさんに対してティンがそんな風にムキになるようなことが今までなかったので、驚いた様だった。

そしてこんなにも誰かに激しく執着する姿も初めてだった。



「うん。分かった。

分かったから、落ち着いて。」

ヨルさんが静かな声でティンに語りかける。

そして、それ以上は何も聞くことはなかったが、すぐに苺花を家に帰す様にティンに話していた。


ティンも渋々わかったといい、立つこともままならない様子の苺花をヨルさんが車で送ってくれることになった。


それに苺花も素直に従った。



ティンは、リビングのドアから出る2人の後ろ姿を嫉妬の籠った瞳で見つめる。

苺花はその燃えるような瞳の熱を背中で感じていたが、振り返ることができなかった。



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