君の香りに囚われて
送ってもらう車中。
車に乗るまでほとんど抱き抱えられる様だった。
高級な革張りの助手席。
そこにそっと下される。
ぐったりと助手席に身体を預けた苺花の髪を優しく撫でながらヨルさんが話しかける。
「ティンに嫌なことをされたの?
この前みたいに強引に??」
前を向いて運転しながら、左手で優しく撫で続ける。
「最近会えてなかったから、匂いを相殺できていなかったよね。
申し訳なかった。」
言葉に焦りを感じる。
これでティンに会うのを断られたら困ると思っているのかな、、、
こんな風になって苺花の方こそヨルさんに咎められて2度とティンに会うな!と言われるかも知れないと思っていたので、ヨルさんからの言葉は意外だった。
なのでヨルさんの言葉に苺花は首を振る。
こうなったのはヨルさんのせいではない。
ティンの望みに自分が応えただけなのだ。
「、、、嫌ではなかったんです。
ティンのこと。
会う度に色々話しをする度に、段々と身近に感じるようになっていたんです。
ごめんなさい。
こんなことになって、、、
話し相手失格ですよね。
もう会わない方が良いのかも。」
泣きながら謝る。
ヨルさんに話しながら自分の気持ちの整理を試みる。
段々と仲良くなってスキンシップも多くなっていたことは事実だった。
でもそれはティンが言うように韓国では普通のことなんだと思ってた。
けれど、今日ティンが自分に向ける好意はそういう類のものではないということに気がついたのだった。
恋愛感情はない、
と自分では思っていたけど、、、
ティンとキスをした時、すごく自然だった。
優しいキスだった。
初めてのキス。
思い出しながら、自分の唇に触れる。
抱き合った時に自分の身体の形にピッタリと隙間なく重なった感じもすごく自然で、、、。
まるで分かれていた半身が戻ってきたというのだろうか。
心地が良いそんな感覚だった。
初めてのことで確かに怖くなかったと言えば嘘になる。
しかもあの時は大好きなヨルさんの顔さえも思い出さなかった、、、。
私が好きなのはヨルさんのはずなのに。
自分の曖昧な感情に心の整理がつかなかった。
ティンはどうだったのかな。
最初から彼からの好意は感じられていた。
けれど、同じ歳の波長の合う初めての友達だからかな?
とか
それとも私の匂いに惹かれいて一時的なものなのかな?
とか
あの話を聞いてからなんとなくそう思っていた。
苺花自身を好きなわけじゃなくて、匂いに惹かれているだけ。
そんな大したものじゃないと勝手に思い込んでいた。
でもいくら思いを馳せてもティンの心の中のことは少しも分からないのだ。
考えても仕方ないことなのに。
誰も他人の心の中のことなんて、分かるはずがないんだから。
だって今はティンの気持ちどころか、自分の気持ちだって全然分かっていない。
そっと瞳を瞑る。
そのまま何も口に出すことも出来ずに、車の揺れに身を任せていた。
自宅のマンションの手前で静かに停車する。
「苺花。」
呟くように名前を呼ばれて涙が止まった顔を上げる。
ヨルさんのグレーの美しい瞳と目が合う。
ヨルさんが優しく微笑む。
そのままヨルさんの長い腕が優しく苺花を抱き寄せた。
「大丈夫?
僕は怖くないよ。
大丈夫。大丈夫だよ。」
囁くような声だった。
苺花の耳に静かに響いて、そこから苺花は何も考えられなくなる。
ヨルさんの肩口からヨルさんの香りがする。
森林の中にいるような心が落ち着く香り。
混乱していた頭の中が少しづつ静かになるようだった。
ああ、改めて感じる。
これがヨルさんの匂いなのね。
これが。
いつもは身体の奥にそおっとしまってあるヨルさんの匂い。
香水の香りじゃなくてヨルさんが自分の意思で発散させている強い芳香。
その匂いが苺花の心に小さな炎を灯すのだ。
やっぱり私はヨルさんのことが好きだ。
匂いによって強制的にヨルさんへ堕ちていく。
ティンに傾いていた心がグッと掴まれて引き戻される。
そして、、、この匂いからきっと自分は逃げられないのだろう、
とヨルさんの肩に頭をもたれさせながら悟った瞬間だった。
苺花は再び瞳を静かに閉じた。