君の香りに囚われて


 その翌日からコンサート開催ということで、しばらくティンに会えない日が続くことになった。


 自宅のリビング。


今日もとても良いお天気で苺花と母親が2人で暮らしているマンションの部屋にも明るい太陽の光が窓から差し込んでいた。

開いていた窓から心地よい風と共にレースのカーテンがひらひらと舞っている。


母親と苺花。

2人だけで住んでいるマンション。

オートロックで日中は管理人さんが常駐している。

気さくな管理人さんで苺花も小さい頃から挨拶やちょっとした世間話をしたりする間柄だ。

マンションの前まで付けてきたストーカーを管理人さんが一喝して追い払ってくれたこともあった。

同じマンションの人たちもみんな顔見知りで会えば声をかけてくれる。


とても住みやすい環境。

広さは2人でちょうど良く暮らせるくらい。

リビングと和室。

お風呂とトイレが別で
他に母親の部屋と苺花の部屋。

物がごちゃごちゃするのが嫌いな母親は極力物を置かないタイプで、スッキリと言えばスッキリだけど、リビングなどは必要最低限のものしかなく殺風景とも言えた。

苺花の部屋だけは女の子らしく色々と可愛らしい小物が並んだりしていた。


確かに掃除はしやすい。

突然お客さんが来ても慌てない。


苺花が物心ついた時にはもうこのマンションに住んでいたから、父親という存在は最初から居なかったかの様だった。

そういえばお母さんに聞いたこともなかった。

それらしき写真も見たことがない。


でも別にお父さんがいなくて不便を感じるようなことはひとつも無かったな、、、と考える。


まあ、いいか。


苺花はそんな考えを振り払う様に、ダイニングセットの椅子に腰かけて大きく伸びをする。


なんとなくテレビを点けた。

朝の情報番組が流れてくる。

ちょうど芸能コーナーでティンたちのグループのコンサートの様子が伝えられていた。

ティンの歌唱シーンが画面にアップで映る。


わぁ、綺麗な歌声。


ソロパートを歌っているティンの横顔。


憂いを含んだ表情、切なげでとても美しい。


「ティンの声の調子が戻りましたね。

日本料理が美味しかったんですかねー!」

と芸能リポーターが話していた。


苺花から見ても、顔色も良く声の伸びが素晴らしく、不調を感じることがなかった。


昨日はあんな時間を過ごしたのに。

苺花は思い出すだけで、倒れそうになるし、なんとなくフワフワと落ち着かないでいるのに。


ティンは平気なのだね。

彼にとってはキスなんてきっと大したことないんだ。

そう考えるとちょっと面白くないけど、、、、

それとも、プライベートの出来事での動揺は絶対に見せないプロの仕事ってことなのかな、、、。


そうだとしたら凄すぎる。

やっぱり同じ人とは思えないなぁ、

そのくらい切替がきちんとできている。


 SNSでもコンサートの感想などが飛び交っていて、ティンの全てが美しく壮絶な色気を放っていたと大騒ぎになっていたとリポーターは続けた。

「これからの世界デビューも楽しみですね。」

と芸能コーナーは笑顔で締めくくられた。


、、、実はコンサートの観覧を少し前にティンから誘われていたのだった。

「関係者席を用意するから気兼ねなく、1人が嫌だったらお友達と一緒においでよ」

とも。

苺花は少し悩んだがそれも辞退したのだった。


ヨルさんに相談してのことだった。


少しでも関係性が他人に分かるような事はしてはいけない。


それは苺花も考えていた事だったので素直に従った。


コンサートの観覧を断るとティンはものすごくガッカリした顔をした。

子犬がおもちゃを取り上げられて項垂れて尻尾を下げているみたいな感じ。

とっても可愛いかった。

「俺、頑張れないかも。」

なんて拗ねてそっぽを向いた。


そんな表情も私に見せてくれるんだな、と素直に嬉しかった。

コンサートに行かなくてもテレビやネットで必ず観るから!

楽しみにしてるね。

と笑顔でティンに話したのだった。


「本当に?ちゃんと見てくれる??」

その時のティンの表情がまたとても可愛かった。

話しながらくるくる変わる表情。

テレビを見ながらそれを思い出して、くすくす笑ってしまった。



 日々淡々とマイペースに生活をしている咲園家。

今朝は珍しく遅めの出勤の母親がまだのんびりと一緒にテレビを見ていた。


「何その顔ー??テレビ見ながら笑っちゃって。

おかしいの。

さっきの歌手の人好きなの?

芸能人なんかに興味あったんだね。

詩ちゃんの影響??」

苺花の顔をみてふふふと笑う。


 苺花は、小さい頃から全然手のかかからない子だった。

母親が忙しく仕事をしているのを理解していて、ワガママをほとんど言ったことがなかった。


幼稚園からずっと一緒の詩とどうしても同じ学校に行きたい!

と小学生の時に意を決したように中学受験を懇願された。

行きたい学校が女子校だったので母親としても大賛成だった。

娘が不審者に狙われやすいことも分かっていたので、家のすぐ前までスクールバスで送迎してもらえることも安心だと考えたのだった。

苺花が高校生まではシッターを依頼して、子育てをしてきた。

シングルマザーである自分は活用できるものはなんでも活用して生活してきたのだ。


今思うと苺花が母親に「どうしてもお願い!」って言ったのはあれくらいかな。


母親はのんびりとコーヒーを飲みながらそんなことを思い返す。

いつも自分のことは後回しでなんでも他人を優先しちゃうので、側から見ていて随分とイライラしたこともあったっけ、、、。

裏を返せば周りをよく見ていて、自分が我慢をすることで、物事が潤滑にいくようにといつでも気を配っていたんだな、

という思いに至る。


なんでも1人で解決してしまう性格なので、相談とかもほとんどされた覚えがなかった。


淡白というのかな。


まあ、それは自分もそうか。

自分のことはなんでも自分で解決してきた。

娘に弱音を吐いたこともない。


親子2人やっぱりよく似ている。


でもそんな性格になったのは、常に仕事を優先させてきた母親である自分のせいなんだろう。

それでも親子2人それなりに良い生活が出来てこれたのはその仕事のおかげなのである。


うんうん。


一人ごちて、母親はヨイショと立ち上がり出かける準備をする。


「この歌手の人ねー最近知ったの。

今までは全然興味なかったんだけどね。」

苺花の返事を聞いて

「へぇー!そうなんだ〜珍しー!」

とドレッサーに向かいながら母親が素っ頓狂な声を出していた。


その声を聴きながら苺花はまたくすくすと笑う。


まさかテレビに映っている芸能人と自分の娘が頻繁に会っているなんて、想像もつかないだろうな。

知ったらまたこんな素っ頓狂な声を上げるのかな、

と考えるとくすくす笑いが止まらなかった。



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