君の香りに囚われて


 大学に行くと真っ先に詩を見つけて走り寄る。

今朝はのんびりしすぎて一緒に登校出来なかった。


なんだか久しぶりに会う感じがする。


「おはようー!

あらあら、なんか、苺花さん。

今日はなんだかお肌ツヤツヤしてなあい??」

綺麗にマネキュアを塗った指先で苺花のほっぺをツンツンする。


今日の詩もとても可愛い。

どこにいても詩だけはすぐに見つけられる。

親鳥を見つける雛のようだった。


「いつもと変わんないよ。

もぅ!からかうのやめてよー。」

キャッキャとまた戯れ合う。



でもやっぱり詩はすごかった、、、。


「、、、ねぇ、

その首のやつ、、、何?」

ほっぺを触っていた指先が首筋に当てられる。


笑顔から表情が一気に変わる。


今日はちゃんと襟がある丈が長めの柔らかいシャツを着てボタンを一番上まできっちりと留めてきたし、見えないか何度も確認したのにな。

お母さんだってちっとも気がついていなかったよ。


詩には何も隠し事ができない。


「かなり気になるけど、、、。

とりあえず授業受けてからゆっくり話してもらおうかしら。」

詩の両目から強い光が発せられているようだった。



怖い、、、。


はい。逆らいません。


素直に事情聴取されます。

苺花は両手を上げて降参したのだった。


 午前中の授業を予定通り受けてから、ジリジリしている詩と学食に行く。

他の人に聞かれたくない話なので、一番奥の隅の席を陣取る。

近くには誰も座っていない。


詩は食べることよりもまず苺花の話を聞かないと!

と興奮気味だった。


このキスマークをつけた犯人!

苺花に跡を残すなんて!!

って小声でかなり憤慨していた。

苺花がどう説明していいのか迷っていると


「、、、ねえ?ヨルさんなの??」


と真剣な顔で低いトーンのまま聞いてきた。



「違う!違う!ヨルさんじゃない!」


苺花が首を横に振って咄嗟に否定する。

「、、、え?え、、、じゃあ、、、あの人?」

詩はティンの名前を口に出さなかった。


詩の顔にものすごくびっくりしてる!

って書いてあるような表情をしていた。

苺花は頷いた。

詩の目を真っ直ぐ見ることができなかった。


ティンに対して、ヨルさんに抱いたような恋心があるのかと聞かれると即答できないからだ。

側にいて支えてあげられたら、

とは思う。


けどそれは『好き』ということなのかは、自分でもモヤモヤと雲に包まれたような感じで、自分の気持ちがまだよく分からない。

「その、無理にされちゃったってことではないんだよね、、、?」

詩が心配そうに苺花の顔を覗き込む。


お姉さんの表情。


「ううん。そんなことはないの。

自然な流れで、、、。

でもキスしただけだよ。

それ以上のことは、、、してないの。」

小さな声で詩に耳打ちする。

きっと私顔が真っ赤だろうな。


今は詩の心配を払拭しないと。

精一杯自分が言える範囲のことだけでも伝えて安心させたい。


テーブルの上で両手を握って肘をついていた。

その両手にそっと詩の温かい手が添えられ包まれる。


「もうすぐここからいなくなる人なんでしょ?

よく考えて。

苺花の決めたことならなんでも応援するけど、辛い思いをするの見たくない、、、。」

望みは薄くても側にいられるヨルさんの方がまだマシなんじゃないかと詩は考える。

ヨルさんは苺花を側に留め置いて、一体どうしようと思っているのかそこは謎なんだけど。

少なくとも苺花の手の届くところにはいるもの。


ヨルさんはあの綺麗な笑顔の下に底知れぬものを抱いてるのは確かだ。

照ちゃんみたいに裏表のない人なら良かったのに。


詩はため息をつく。


厄介な大人の男。

取り扱い注意。


「話し相手としてバイト代をいただいてるの。

一線は引いていたつもりなんだけどね。

、、、うまくいかないよね。」


自虐的な微笑み。

肩をすくめて。

こんな表情を見るのは詩も初めてだった。



でも苺花の心がかなりティンに傾いているとは感じた。

自分の頭の中の考えと心の中の気持ちがいつも一緒になるとは限らない。

照山さんを好きになって自分の心が自分でコントロール出来なくなったことを経験しているので、詩もそれは十分分かっていた。


自分は苺花がどうするのか、ただ見守っていくしかない。


どんな結果になろうとも。


苺花の手を包んだ自分の手にそっと力を込めた。




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