君の香りに囚われて

 
 授業中、上の空でくるくると表情を変えている苺花を隣で見ている詩。


なんか妄想してるんだなってすぐに分かった。

『苺花って分かりやすい。』

苺花の考えてることすぐ分かる。

嘘をついてる時もすぐ分かる。

見守りながら、思わず笑顔になる。


 一番最初に苺花に会ったのは一体いつだったのか、、、。

もう詩の記憶にないくらい。

かなり小さい時から一緒だった。

気がついた時にはいつも隣にいた。

幼稚園の送迎バスも常に隣。

詩よりも背が小さくて、小さな手でキュッと詩の袖につかまって歩いてた。

どこにいくにも一緒。

それが当たり前だった。


苺花からはすんごく甘い匂いがしていて、舐めたらきっと美味しいんだろうなーって思ってた。

いつかあの丸いほっぺを舐めてみたい。

心の内を正直に話したら、舐めさせてくれるかな。

そんな思いでいつも苺花の横顔を見ていた。


小さくて丸い顔。

大きな瞳。

髪の毛もくるくるで茶色くて、そっと触れるとまるで鳥の羽根みたいに柔らかかった。


苺花が笑うとこれがまた眩しいくらいに可愛くて、この子は絶対守らなきゃ!って思ってた。

自分だって小さかったけど、とても使命感に燃えていた。


幼稚園の制服はセーラー服にベレー帽。

苺花が園内で一番可愛かったと詩は思っていたし、実際にその制服がよく似合っていた。

2人で幼稚園バスを降りた後、手を繋いで詩のママと公園に行った時などは、知らないおじさんにかなりの頻度で苺花が話しかけられたりして怖かったっけ、、、。

どっかに連れていかれちゃいそうで。

必死に大声を出して撃退してた。

そんなことが数えきれないほどあった。

大体うちのママって他のお母さんとお喋りするのに夢中だったし、何よりも呑気なんだよね。

世の中には悪い人なんかいないって思ってる。

おじさんに話しかけられてても、小さい子共が好きなんだね、なんて言っちゃう感じ!

苺花のことを詩と同じように可愛がってくれたし、苺花のお母さんが仕事で忙しかったからよくうちで預かったりしてたけど。

純粋に良い人で世話好きで優しいんだけど、、、私からするとちょっと頼りないんだよね。


はぁーっと思い出しながらため息が漏れる。


本当にあの公園での出来事は、今思い出しても、身の毛がよだつくらいの恐怖だった。


苺花がこんなに可愛いからだ!っていつも思ってたし、それからより一層苺花の周りに悪い大人が近づかないように警戒するようになったんだ。


苺花は人を惹きつける魅力があって、いつもたくさんの人に囲まれていた。

だけど、どうしても自分の側から離したくなかった詩は、苺花を同級生達からも遠ざけたのだった。

自分が、他の人とたくさんコミュニケーションをとるタイプでは無かったから、近づいて来られるのがものすごく煩わしかったし、、、。

自分達2人だけでいたかった。

男も女も私たちの側に寄らないでほしい!!!

そう思ってきたし、詩の雰囲気が悪いのかみんななんとなく遠巻きに私たちのことを見ていた様な感じがする。


だから余計に2人だけの世界で今まで生きてきてしまったんだよね。


、、、それはとっても反省しなくはいけないことだと分かっていた。


ストーカーから遠ざけて、他の同級生たちからも遠ざけて、、、。

常に自分の手の届く範囲に苺花を囲ってしまったことやストーカーの登場で苺花はすっかり臆病になり対人恐怖症のように育ってしまった、、、。


大学に入った時に、このままだと苺花に申し訳ないと気がついた。

学校を卒業する前になんとかしなければ、、、という焦りもあった。

時間には限りがあるから。


 それでとりあえず今のバイト先を見つけた。

高級料理店だから早々変なお客さんは来ないだろうと踏んでいた。

お店の雰囲気もすごく素敵だったし。

先に自分で働いてみて良かったら、後々苺花も誘って一緒に働いて、少しづつ外の世界に慣れさせなけば、と考えたのだった。


詩だって、最初、外の世界へ飛び込むことは怖かった。

苺花が側にいない状態で、自分一人でちゃんと働けるのかも不安だったのもある。

実際に働いてみたら、自分が思っていたほど外の世界は怖くなかったことが分かった。

仕事自体楽しかったし、職場の人間関係も良好だった。

それに、何よりも苺花にも散々説明したけど、『運命の出会い』があったからだった。


照山光輝さん。

詩よりも12歳歳上。

韓国料理店の店長。

すっごく明るい。

名前の通りの人。周りを照らしてくれる。

裏表がなくて、ちょっとデリカシーに欠けるところがあるけど、面白くて優しい。

バイト中詩が失敗した時も、大したことない!と言って豪快に笑って励ましてくれた。

その時の満面の笑顔に、苺花と同じように男の人を警戒して、高く高くなっていた心の壁が崩れて、詩はあっさり堕ちたのだった。


その後、勇気を出して何度も好意丸出しで近づいてみたけど、全然女として扱ってもらえなかった、、、。

それが、今まで経験したことがなかったから、辛くて辛くて。

対等の立場になれない自分。

悔しいし悲しい。

これは好きなのか、ただ、手に入りそうで入らなくて執着心を抱いているだけなのか自分でも分からなかった。


苺花には、、、苺花だからこそ全然相談できなかった。

心配かけたくなかったし、説明のつかない不可解な自分の心の状況を伝えようもなかった。

何よりも何度も振られてる!なんて格好悪くて苺花に見せられなかったのだった。


でも何度アタックしても、ダメだった。
その度に自信がなくなる。

土砂降りの雨の日、閉店時間後に片付けをしていて、たまたま2人だけになった時に、これが最後と思って告白したのだった。

でもやっぱり照山さんの答えはノーで、ガッカリした詩は衝動的に外に飛び出したのだった。

泣きながら傘もささずに飛び出した詩を心配して照山さんは追いかけてきてくれた。


あの日のことは絶対に忘れない。


その時は、もう照山さんも十二歳も歳下の詩をどう扱って良いのか分からなかっただけで、嫌いではなかった、、、らしい。

『大切にしたいから、自分みたいなおじさんじゃなくて若くてもっと素敵な男の子がいるだろう』
って毎回言われていたし、自分でもそう思ってたって後から言われた。

でも雨の中で、泣きじゃくる詩を抱きしめたら、それは自分を偽っていたんだと気がついたらしい。

そしてそっとキスしてくれた。

あの遠慮がちなキス、、、。


とても熱い唇だった、、、。


思い出しながら、詩は自分の唇に触れる。


あの時、苺花以外で初めて大事な人ができた瞬間だったんだ。


思い出すだけできゅーって胸が熱くなる。


照ちゃんは仕事がすごく好きでいつも忙しいけれど、ちゃんと詩の為にも時間を作ってくれている。

土日が休みの日は滅多にないけど、2人の休みが合う日は必ず詩を優先させてくれる。

外でデートする時もあれば、照ちゃんのお家でのんびり過ごす日もある。


お店に近いマンションに一人暮らしなんだけど、笑っちゃうほど何にもない部屋で本当に人が住んでるのかな?って最初は驚いたのだった。


白い部屋にベッドだけ置いてある。

あとは何をするにも床。

食事も仕事の書類も床で済ませる。

テレビも何もない。

台所には、電子レンジと冷蔵庫のみ。

調理器具も一切なし!

潔過ぎて笑っちゃう!


それが、詩と付き合うようになってから生活に必要な物が少しづつ増えて、やっと人間らしい暮らしに整ってきていた。

照ちゃんは大人の男の人で、身体は大きくて仕事もちゃんとしてるのに、なんだかそういうところが無頓着で抜けていて可愛いのだ。

詩が、少しだけお手伝いをしてあげる。
ありがとうって言って笑うその笑顔も好き。

詩の取り止めもない話も最後まで聞いてくれる。

こんがらがった感情を一つ一つ一緒に解いてくれて、最後は気にするなって笑うの。

この笑顔。

自分の悩みがちっぽけでそんなに悩むことでもないなって心が軽くなるのだった。

だから、苺花の話もたくさんして、詩の自分勝手な独占欲についての反省も聞いてくれて、理解してくれた。

その上で『苺花ちゃんのリハビリがてらバイトしにいつでも連れておいでよ!』って言ってくれた。

涙が出るほど嬉しかった。

詩の罪を照ちゃんが半分負担してくれたみたいだった。


その前にボディーガード用の千隼もバイトに半ば強引に引っ張り込んで準備は万端だった。

苺花の為だと言ったら、何も言わずにすぐにバイトしに来てくれた。


千隼が、、、苺花を好きだってことは小さい頃から気がついてた。

千隼って幼稚園、小学校、中学校、高校、大学、、、ってモテてるみたいだったのにずっと苺花一筋。

苺花が、うちにいる時はべったりだった。

ひとりっ子の苺花は、弟として可愛がっていたけど、千隼は最初からそんなつもりがなかったんだよね、、、。

だからあんなに苺花を慕っていて甘えてて可愛かったのに、いつの間にか拗らせちゃって、変に絡むようになってしまった。

姉として何度となく助言したのだけど、千隼は全然聞く耳を持たなかった。

案の定、苺花に煙たがられてしまうという、、、。

悪循環!!

それはさ、作戦大失敗だよって姉はずっと思っていたよ。

不憫すぎて泣ける。


それにしても、姉弟揃って好みが同じなんだと、ちょっとおかしかった。


出来れば応援してあげたかったけど、、、。

どうやら苺花はものすごーく素敵な出会いを果たしてしまったようだ。


我が弟よ。

残念だったな。

あえて口に出して言わないけど、骨は拾ってやるからね。

と、心の中で弟にそっと手を合わせたのだった。







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