君の香りに囚われて
倒れてしまったバイトの翌日。
目がが覚めると詩の部屋にいた。
視線を巡らすと詩の心配そうな顔が見えた。
「あ、、、。詩、、、。」
涙を湛えた綺麗な瞳。
詩が苺花に抱きついてくる。
「ああー心配した。
うなされてたし汗びっしょりだし。
目を覚まさないのかと思ったよー。
よかったー。」
詩が泣いてる。
「うん、ごめんね。ごめんね。詩。」
苺花も詩を抱きしめ返す。
しばらくして2人とも落ち着いて
詩が持ってきてくれたスポーツドリンクを口に含んだ。、
冷たくて美味しい。
昨日の話を詩がし始める。
詩がホールで仕事をしてたら、慌てた様子の照山さんに呼ばれて急遽VIPルームの担当をすることになったそうだ。
「他にも予約のお客様でいっぱいだったのに、、、。
ごめんね。」
と苺花は申し訳なくて詩に謝る。
忙しくて何があったのか、苺花がどこにいるのか分からなくて心配しながらも探しに行けなかった事を詩も謝った。
お互いにベットに頭をつけるように謝り合い、そして最後に笑ってしまった。
VIPルームのお客様たちはお酒も入っていたので、とてもご機嫌で苺花が途中から接客に来なくなったことにも気がついていなかったそうだ。
お客様の1人だけが何度もヨルさんのところに行って、退店するまで苺花の行方を気にしていた。
最後はヨルさんと別室で何か話してやっと納得したようで他のお客様達とお帰りになったそう。
結局店が閉店の時間を過ぎてからやっと片付けが済んで、詩がホッとした時には終電もないような時間になっていた。
いつものバイト時間には帰れそうになったので、合間を見て詩は自分の家と苺花の母の携帯電話に連絡をしておいてくれたそう。
有難い。
苺花の家は母子家庭でお母さんがバリバリのキャリアウーマンなのだ。
家には寝に帰ってくるだけのような感じ。
女2人マイペースにそれぞれ生活していた。
なので近くに住んでいる詩のお母さんが良く気を配ってくれて小さな頃からあれこれと面倒をみてくれていた。
苺花の第二のお母さんのような存在でもあった。
小さい頃からお互いの家を行き来しているので、苺花のお母さんは詩の家に行くことには全然心配をしないで、逆に安心するし有難いと詩のお母さんにいつも感謝していた。
だから具合の悪くなった苺花を自宅ではなく、詩の家に連れてきても大丈夫だったのだ。
詩のお母さんも様子を見にきてくれて、体調が大丈夫ならお風呂に入りなさいと勧めてくれたので、ありがたくお風呂を使わせてもらってスッキリした。
食事の用意もしてもらって、お腹も満たされて落ち着いた。
お片付けをしてお母さんにお礼を言ってから、詩の部屋に戻る。
詩のベッドを使わせてもらっていたので、シーツ交換を手伝ってベッドメイクをした。
やっと落ち着いて、ベッドの脇のローテーブルにお茶を置いて2人で並んで座る。
ベットを背もたれにしてリラックスする。
床に置いてあったマカロン型のクッションを抱き抱えて苺花がため息をつく。
このマカロン型のクッションは薄いブルーをしていて低反発で手触りがよく、苺花のお気に入りだ。
淡い色で可愛くまとめられた詩の部屋はとても安心する。
やっとゆっくり話ができる。
今日が日曜日で大学の授業がない日で本当によかった。
詩が昨日の続きを話し出す。
苺花が倒れてしまったので、休憩室の椅子を並べてそこに寝かされていた。
どうやら貧血らしいという説明をされた。
仕事が終わった詩が様子を見に行くと、顔色が真っ白だったから心配したんだよ、と。
そして、ヨルさんと照山さんと3人でどういうことがあったのか話をしたそうだ。
まず、仕事中は忙しくて気が回らなかったのだが、VIPルームのお客様がティンだと後から気がついて本当にびっくりしたと詩が興奮する。
「チラッとしか見えなかったんだけど。
すっごく、綺麗な顔してたね!
忙しくてその時は気がつかなったんだけど、後から聞いて、そうだ!あの人はティンだって分かったの!
本当に存在する人間なんだね。
びっくりしちゃった!
あれは紛れもないVIPだよね。」
思い出して詩がうっとりとした表情を浮かべる。
詩は小さい頃からアイドルが大好きだった。
幼稚園の頃に女性アイドルのグループにハマってから、数々の推しに巡り合いその度にイベントやコンサートにも付き合ったっけ。
そんな詩の影響で苺花も流行りの曲はひと通り知っている。
付き合いつつも苺花はいまいちその魅力がわからなかったけど。
詩はキラキラしている世界が好きだったけど見ているだけで良いそうだ。
別にそこを目指したい、というわけではないんだって。
詩の容姿だったらアイドルグループにいても全然遜色ないのにな。
そしたら私絶対推す!!
なんてまたアイドルグループにいる詩の妄想をしてみる。
またさっきの話の続きを詩が話してる。
ちゃんと聞かないと!
集中。
ヨルさんが話していたのは、ティンは見た目通りとても気難しい性格で繊細、他人をなかなか信用しないので担当マネージャーがいつも手を焼いているらしい、ということ。
そして今精神的にとても不安定なので歌唱力やダンスの才能があるのに、それを十分に発揮しきれていない状態らしい。
ただ、その不安定な雰囲気や儚げな感じが、他の人には無い魅力として異才を放ち、美しい容姿も相まって唯一無二な存在となっている。
ここ最近はグループ自体の人気がすごく上がってきているのに、それに反するようにティンの精神的状態が悪化して活動に支障が出ているそうだ。
『グループの足を引っ張っている!』
韓国国内のSNSでもそんなティンに対してアンチコメントが相次ぎ、それも精神的状態の悪化に拍車をかけている様だ。
ティンには相談する相手がおらず孤立感を深めていてるらしいということだった。
これには事務所もお手上げの状態で最後の望みとして、コンサートでの来日と重なったのでティンが一番信頼しているヨルさんにすがるために来店することになったらしい。
なぜそんなにヨルさんを慕っているのかというと、
実はヨルさんはティンと同じ芸能事務所の養成所に練習生として入所していたそうだ。
養成所では練習生が日々集団生活をしてたので、短い間だったけど本当の弟のように全ての面倒をみていたのだ。
ティンはヨルさんを本当の兄のように頼りにしていたよう。
ヨルさんが!芸能事務所に!!
確かにヨルさんの雰囲気を考えるとアーティスト集団にいてもおかしくない風貌。
背は高いし、素敵だし、笑顔が美しいし。
今度はアーティスト集団の中にいる、ヨルさんを妄想する。
ああーなんて美しいんだろう。
思わずうっとりしてしまう。
ヨルさんは練習生としての自分に限界を感じ、自分で事業を起こしたいと考えていたので、勉強のため日本にいる親戚を頼り来日。
そして今の仕事に就いたそう。
不動産業、観光業、飲食店、芸能事務所、等手がける親戚が経営しているグループ会社に就職して今は色々と勉強している最中という事だった。
ヨルさんの過去や日本に来た経緯を知ることが出来て、苺花の顔が輝く。
ヨルさんの事を知ることができた。
とても嬉しい!
ヨルさんは苺花が男の人が苦手だと詩から聞いていたのに、突然ティンが急接近して怖い思いをさせてしまった、
とひどく気にしていたらしい。
照山さんも反省していたって。
他の予約でいっぱいじゃなかったら、苺花が倒れる様なことは起きなかったのに。と。
苺花もティンの事は驚いたけれど、まさか自分が倒れるほどショックだったなんて、皆さんにご心配とご迷惑をかけてしまって本当に申し訳なかったな、と呟いた。
詩は何度も
「苺花は何も悪くないんだよ。」
と慰めてくれた。
詩はいつでも優しい。
心がじんわりとする。
詩に借りた洋服も詩の匂いがしてとっても落ち着く。
詩の部屋の匂いも好き。
ほっとするもの。
そういえば、
匂い。。。
「あ、ねえ、ティンに私の匂いがどうのとか。
ヨルさんの匂いがついてるとか。
なんだか訳がわからないことを言われたんだけど。
詩はなんのことか分かる??」
上目遣いで詩の顔を見る。
こういう時の表情は小さい時から変わらない。
子犬の様なこの表情。
庇護欲を一層掻き立てられる。
不安を感じている時はそうやって詩の顔を見上げてくるのだ。
本人が無意識でやっているのだろうけど、こういう顔をされるといつでも自分の側に置いておきたくなる...。
可愛すぎてちょっと狡いよ。
と思ってしまう。
「可愛い、、、。」
詩が思わず口に出す。
からかわれてると思った苺花が小さな唇をとんがらす。
「またそうやってー!」
「ごめんごめん。
心の声がそのまま出ちゃった。
からかってないよ!」
詩が笑いながら言う。
「匂いのことか。
そうか苺花は、自分で気がついていなかったのか。」
詩は前から気がついていたらしい。
苺花からすごく甘い匂いがしていることに。
「小さい頃から苺花っていい匂いがしてたんだけど、ずっとそうだったから私もそれが特別なことだって気が付かなかったんだよね。
でもさ、それがものすごく感じられる様になったのは、
そうだ、ストーカーに遭う前あたりからかな。
なんかさ
なんの匂いだか追って行って確かめたくなる様な感じになったんだよね。
さらに、甘さを増したというか。
例えるなら金木犀みたいな香りに変化した感じがするの。」
そう興奮気味に詩に言われる。
だけど詩と一緒にいる時はその匂いがいつの間にか抑えられるらしい。
一緒にいる時間と共に薄くなるんだって。
振り返ると詩と一緒の時はストーカー行為に遭っていない、つきまとっていた男の人たちはみんな詩の登場で撃退されていた事を思い出した。
でもなんでなんだろう。
私から甘い匂いがする??
詩と一緒にいることで抑えられること。
思わず自分の腕の匂いを嗅いでみたけれど全然分からなかった。
首を傾げる。
分からないことだらけで、また混乱する。
「ティンは?
ティンに匂いを嗅がれたんだよね?
どう思った?
嫌だった??
怖かった??」
詩が話題を変える。
苺花がすこし考え込む。
「うんー。突然ことでなんだか分かんなかったの、、、。
男の人と正面でその、、、抱き合う、、、様なことも経験したことないし。
とにかくびっくりしちゃって、よく思い出せない。」
早口で苺花が説明する。
本当に自分でもあの時なんで倒れてしまったのか全然分からなかった。
男の人に急に近づかれてびっくりしたからかな、
でもまさか倒れるくらいショックだったとは。
それだけ怖くて嫌だったのかな。
考え込む苺花の様子を黙って詩が見つめる。
本当はまだ苺花に話していないことがある。
話題を変えてしまったので、苺花も気がついていない。
、、、そう。苺花にヨルさんの匂いがつけられていること。
あの日3人で話した内容でまだ苺花に説明しきれないものがあった。
ヨルさんの考えていること?
ヨルさんは普段誰にでもとても優しいけれど、詩はその奥に底知れないものを感じとっていたのだった。
だけど、苺花に初めて出会った日から、とりわけ苺花だけを特別扱いしているように見えた。
忙しい合間を縫って苺花の出勤日には必ずヨルさんも事務仕事をしに来るようになっていたのも気になっていた。
もしかして苺花のこと好きなのかな??
と考えていたのだった。
でも、ヨルさんの話を聞いている内に
苺花に近づくのは、自分の匂いをつけるため?
それは何のために??
毎回必ず苺花に触れている姿も見かけていたし。
他の女性従業員には絶対にしないことだったから。
何を考えているのか、、、。
彼の本当の目的は??
とずっと気にはなっていたのだ。
苺花がさっき話していた『ヨルさんの匂い』というのは自分には感じらはなかったから。
私には分からない。
でも苺花がこんなに夢中になっているのだから、詩としては何としても応援したいとも考えていた。
ヨルさんも苺花と同じ気持ちであればどんなに素敵なことか、、、。
自分と照ちゃんのように、苺花にも絶対幸せになってほしい。
詩は、苺花の横顔を祈るような気持ちで見つめていた。