夫の一番にはなれない
「ただいま」
この日も來が帰宅したのは21時を過ぎてからのことだった。
「おかえりなさい。お疲れ様。今日も大変そうだったね」
「酒井の母親と2時間話してたから」
「2時間も?そうだったんだ。大変だったね。酒井さん、明日は来られるといいけど」
家では決して会話がないわけではなかった。
でも、わたしたちの会話はすべて生徒のこと。
夫婦というより、家でも先生をしているようだった。
「疲れてるでしょ?簡単なものでよかったら、夕飯作ろうか?」
「いや、いい。弁当買ってきたから。それに、テストも作らないといけないし」
「これから?」
「ああ、テスト近いからそろそろ作らないとやばい」
数学の教員でもあり、バレー部の顧問である來。
家に帰っても持ち帰ってきた仕事をしていることが多い。
だから、少しくらい楽をさせてあげられたらとずっと思っていた。
でも、來はわたしの気持ちばかりの親切を一度も受け取ってくれたことがない。
あの夫婦の掟を頑なに守っているのだ。
「少しは甘えてくれてもいいのに……」
いくら形式上の妻だと言っても、少しくらいは彼の役に立ちたかっただけなのに。