夫の一番にはなれない



「よかった。泣かなかったんだ」


翌日、「おはよう」も言わずに、朝一番の言葉がこれだった。

珍しく生徒に見せるような優しい笑みをこぼすから、朝から心臓に悪い。


「もう望のことは吹っ切れてるって言ったでしょ?それに、わたし、そんなに弱くないから」


元カレに会ったことが原因で、夜にこっそりと泣くような女にわたしが見えたのかな。

わたしはそんなことで傷ついてなんかいないのに。


もし「わたしが傷ついているのはあなたとの関係だよ」と伝えたら、來はどんな反応をするかな。

もし「わたしと本当の夫婦になって」と伝えたら、來はなんて返事をしてくれるかな。



「奈那子、朝ごはん作ったんだけど食べる?」


どういう風の吹き回しだろうか。

來がわたしにご飯を作ってくれるなんて。


しかも自ら掟を破ってまで、わたしと一緒に食べようとしてくれている。

あんなに頑なに掟を守り続けていたのに。


「いいの?」

「ああ、今日だけ特別」

「ありがとう」


きっと來なりに気を使ってくれているんだと思う。

見た目で誤解されることが多いけれど、來は基本的に優しい人だ。



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