身ごもり婚約破棄したはずが、パパになった敏腕副社長に溺愛されました

 ──都さんとの記憶で次に思い返せるのは、病院で会った時である。

 目が覚めて、ぼんやりしたまま伯父と母にあれこれ確認されたがどうも話が噛み合わず、事故に遭うまでの約半年分の出来事が頭から抜け落ちていると発覚した。

 自分の状況を理解するのもやっとの混乱状態のさなか、都さんは病室にやってきた。そこでも泣いていたような気がするが、この時の記憶はどれも曖昧なので自信はない。

 ただ、俺が起き上がれるようになった頃、見舞いにやってきた彼女は確実に涙をこぼした。その姿は、映像記憶がなくても目に焼きつくほど衝撃的だった。

 気になって仕方がなく、都さんのことを知っているかと母に尋ねてみたが、『あなたの交友関係を私が知るわけないでしょう』と、もっともなことを返されただけ。

 とにかくあの涙の意味を知りたくて、退院してすぐヱモリに行ったが彼女の姿は見当たらない。

 ちょうど奥から出てきた眼鏡をかけたパティシエらしき女性に、当時は名前も知らなかったので特徴を伝えると、気まずそうに眉を下げて『すみません』と謝られた。


『あの子は辞めてしまったんです。お客様に人気だったから、寂しがっている人はたくさんいらっしゃると思いますよ』
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