身ごもり婚約破棄したはずが、パパになった敏腕副社長に溺愛されました
私はバリスタと名乗れるほどではないが、この店で提供するコーヒーの淹れ方はマスター直々に伝授してもらったので、彼がいないときは私が作っているのだ。
ネルドリップで丁寧に抽出したそれをペーパーカップに入れ、お渡しするときに女性のお客様をちらりと見る。
ふわっとしたボブの髪もぱっちりした目も可愛く、小柄だから小動物みたい。このお客様、最近よくブルーマウンテンを頼んでくるのよね。私と同じくらいの歳に見えるけれど、ツウなんだな。
ブルーマウンテンを頼まれると、やっぱり嘉月さんが頭をよぎる。彼はここのところ忙しいらしく、来店する頻度は少なくなっている。今度、豆を買って家で淹れてあげようか。
頭の片隅でそんなふうに考えつつ、お礼を言って去っていく彼女を見送った。そのとき、調理場のほうから里実さんがひょいと顔を覗かせる。
「都ちゃん、ちょっといい?」
「あ、はい……っ」
ぱっと振り向いて返事をした瞬間、くらりとめまいがして額に手を当てた。
あれ、また……? 昔から貧血気味なのだが、ここ二、三日はふらっとすることが多くなっている。特に変わったことはしていないのに、疲れているのかな。
ほんの少し気にしながら調理場へ向かうと、里実さんは小皿とスプーンを私に差し出してくる。