身ごもり婚約破棄したはずが、パパになった敏腕副社長に溺愛されました

 周りからも悲鳴が上がり、わけもわからず反射的につむった目を開いて振り返る。

 ──飛び込んできた光景に、心臓が止まりそうになった。

 すぐそばにある店の、屋根に沿ってかけられていた大きな看板が剥がれ落ちている。その下から覗くのは、今しがた私を引っ張った手。私を守ってくれた手だ。


「か……づき、さ……?」


 全身から血の気が引き、声も身体も震える。「誰か下敷きになったぞ!」、「救急車呼んで!」という周りの声も遠くに聞こえる。

 力が抜けてその場に崩れ落ち、彼に手を伸ばす。


「嫌……やだ……嘉月さん!? 嘉月さん!」


 何度呼んでもぴくりともしない。伏せた顔の下には小さな血溜まりができていて、とてつもない恐怖に襲われる。

 もう触れてはくれないかもしれない。大好きな笑顔も、声も、明るい未来もすべて失ってしまうかもしれない。

 最悪の展開ばかりが脳裏をよぎる。私はほとんど泣き叫ぶような状態でとにかく周りに助けを求め、彼の名前を呼び続けた。


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