―あすなろの唄―




 ~ ──・・・明日は、なろう── ~



 突如あたしの脳内に、心に……響く伸びやかな歌声。

 ふと重い瞼を開いて、何も見えない天井を見詰めた。

 透き通った空気がツンと鼻腔に沁みる。

 隣に横たわる影は眠っているのだと思っていたけれど、僅かに身じろぎしたのを感じて、あたしはおもむろに唇を動かした。

氷ノ樹(ひのき)……起きているの?」

 その問い掛けに、触れ合う肩先が震える。

「ああ、ゴメン……起こしちゃったね。懐かしい唄が頭をよぎって、つい口ずさんでしまったみたいだ」

 少しバツの悪そうな彼の声と含み笑いは、暗闇にじんわり溶けていった。

 涼やかな青年らしい声音。

 いつの間にか声変わりをして、急に大人びてしまった「双子の兄」。

「あたしもその唄好きだからいいわ。ね、続きを歌って」

「そう? じゃあ歌うよ、君の為に──明日梛(あすな)

 再び脳内に、心に……兄の柔らかい歌声が響き渡った。

 彼が歌っているのは、「あすなろ」を人に(たと)えた唄だ。

 「「ひのき」に憧れ、明日には(ひのきに)なろう、『あす』には『なろ』う」と願った為に、名付けられた翌檜(あすなろ)

 (ひのき)に似ているのに、檜にはなれない悲しい大樹。

 あたしもずっと「ヒノキ(あに)」に憧れてきた哀れな「アスナロ(いもうと)」だった。

 美しい声・容貌、髪は艶やかで滑らかで、何より聡明で何歩も先を歩く兄。

 けれどあたしも明日には檜になる。兄を追い越した存在になれる。


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