―あすなろの唄―
 あれから一週間。

 その為だけに彼の機嫌を(うかが)っては、あたしは兄の手にする知識(ストーリー)に、深く深く聞き入った。

 陶酔するようなあたしの表情にほだされたのか、氷ノ樹は饒舌(じょうぜつ)に自分の中身を引き出し続けた。

 彼の言葉は耳からだけでなく、繋がった肩先を通して、不思議と淀みなくあたしの一部になっていく。

 まるで内部に染み透るかのように、細胞の一つ一つが彼の言葉を刻んでいく。

 この物語を我が身に宿して、必ず兄にも負けない賢い大人になってみせる。

 とうとう「アスナロ」が「ヒノキ」になって、輝かしい未来を生きるんだ!

「もう遅いよ? 明日は手術だし……大丈夫?」

「うん! 身体が繋がっている内に、氷ノ樹の声を中から聞きたいの。この心地良い言葉の震動は、もう明日の今頃には感じられないのだもの」

「そ? ……じゃあ──」

 あたし達だけが存在する病室という空間が、語り出す氷ノ樹の声で無限に広がった。

 暗闇に溢れ出す言葉の数々が光の玉に変わって、それは蛍のように四方に舞い散り、宇宙を形成する星となった。

 氷ノ樹、貴方の知識はあたしの血潮となり、貴方はあたしの中で生き続ける。

 だから全てを語り尽くして。

 明日からの明日梛(あたし)の糧となって──。



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