白い結婚なので離縁を決意したら、夫との溺愛生活に突入していました。いつから夫の最愛の人になったのかわかりません!

夫は妻しか見えない 1

バクバクする胸を抑えて、息を整える。
絶対にあれはフィルベルド様じゃないと叫びたいぐらい、フィルベルド様に他人が乗り移っているレベルのおかしさだ。

それに、まさか頬っぺたにキスされるとは思わなかった。
いや、夫婦だから何の問題もないけど……。

あんなに私を待ち焦がれているとは。

急いで私服に着替えて、フィルベルド様が廊下にいたら、どうしよう……と思いながら、そっとドアを開けた。

「良かった……部屋に帰ったのね」

ホッとして、胸を撫で下ろし部屋を出た。
そのままロビーに行くと、お酒を飲んで帰って来たりする人たちがいる中、従業員に出掛ける時用のカンテラを借りた。

そのカンテラを持って、急いで借家に向かった。
あんなに贈り物を用意してくれていたフィルベルド様に、約束したハンカチは渡さなければ……と思った。
そして、そのハンカチを渡したらフィルベルド様に離縁状を渡すつもりだ。

夜は暗いが、まだ深夜前のこの時間なら、酒場などの通りは街灯がある。真っ暗の路地裏を歩くよりはまだ安全だから、その道を選んで早歩きで進んだ。

でも、酔っ払いはいる。マントぐらいあれば頭まですっぽり被れたけど、そんなものはない。
フィルベルド様から頂いた帽子はいかにも貴族が好んで身に付けそうな品の良い帽子だから、夜に一人で歩くのには相応しくない。

とにかく酔っ払いに絡まれないように、男性と目を合わさないように早足で歩いた。

そのせいか、進行方向にあるバーから急に出てきた男性に気付かず、いきなり身体が引っ張られた。

バーから出てきた酔っ払いたちは、「ぶつかるところだった。ごめんごめん」とお酒にご機嫌で通り過ぎた。

「ディアナ。危ないぞ」

身体が抱き寄せられたのには、既視感があった。自殺未遂の疑いをかけられた時と同じで、がっしりとした腕に捕らえられている。

「フィ、フィルベルド様……?」
「こんなところでなにをやっているんだ? どこに行こうとしている」

部屋に戻ってから着替えてないのか、フィルベルド様は晩餐の時の正装のままで訝しんで聞いてきた。怒っているのか、低い声で表情が厳しい。

「フィルベルド様こそ、どうしてここに?」
「……ディアナが宿から出て行くのが見えたからついてきた。君からは目が離せない」

まさか、宿から出て来ていたのがバレていたとは……!

そう思うと、フィルベルド様の手にますます力が入った。

「どこにも行かないでくれ。宿が嫌ならすぐにどこか準備しよう」
「ち、違います……! その……ちょっとだけ家に帰りたくて……荷物を取りに行けば、ちゃんと帰ってきますから……」
「荷物が必要だったのか……なら言ってくれれば一緒に行ったのに……女性がこんな夜遅くに一人で出かけるものではない」
「……すみません……」

心配してくれているのがわかり、申し訳なくなりうつむき加減になってしまう。
身体がフィルベルド様から離れると、肩にフィルベルド様の着ていた上着がかけられた。

「夜は冷える。着ていてくれ」
「でも、フィルベルド様が……」
「俺は大丈夫だ。ディアナに風邪を引かすわけにはいかん」
「ありがとうございます……」

フィルベルド様の優しさに触れると、胸に痛いものはあるが赤くなる自分もいる。

「気にするな。家はどこだ? 一緒に行こう」
「街外れです……でも、驚かないでくださいね……」
「では、行こう」

そう言って、フィルベルド様は肩に腕を伸ばしてくると思わず慌ててしまう。

「フィ、フィルベルド様……! 人に見られますよ!?」
「見られてもかまわないだろう……結婚しているんだから」
「でも……」
「それに、こんな夜遅くに離れて歩かせるわけにはいかん……せめて、手を繋いでくれ」

そう言って、手を差し出される。
手なんか繋いだことすらないけど、一緒に行くのなら離れて歩くわけにはいかない。
恥ずかしながらも、そっとフィルベルド様の手に乗せるとしっかりと握られ、彼のもう片方の手は私の持っていたカンテラを持った。

「……すみません。勝手に出てきてしまって……」
「一度も家に寄らなかった俺も悪い。女性なら、準備もあっただろう……それに、いつかディアナと歩きたいとずっと願っていた」

申し訳なさそうにする私が気にしないようにそう言ったフィルベルド様と、夜の街を抜け真っ暗な夜道を進み、街外れへと2人で歩いた。





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