白い結婚なので離縁を決意したら、夫との溺愛生活に突入していました。いつから夫の最愛の人になったのかわかりません!

馬車の中には夫と妻がいる

あの後、フィルベルド様は何事もなかったように戻ってきた。

私とクレイグ殿下が覗いていたことは気付かれてなかったようだった。



「ディアナ。待たせてすまない」



申し訳なさそうにそう言う。



「大丈夫ですよ。ちょっと疲れたから、休んでいただけです」

「……本当にすまない。すぐに帰ろう」

「もうご挨拶はいいのですか?」

「必要ない。これ以上一人にさせたくない」



少し怒っているようなフィルベルド様に連れられて、馬車に行くと私に絡んで来たご令嬢3人も丁度帰るところだった。



3人は、フィルベルド様を見るとパァッと顔つきが変わる。



「フィルベルド様! お久しぶりです!」



一人がそう言うと、そこだけキャッキャッと雰囲気が明るくなり、私を押し退けフィルベルド様との間に入ろうとしたところで彼に引き寄せられた。



「大丈夫か? ディアナ」

「大丈夫ですよ」



心配そうに、優しく顔を寄せて来る。



「フィルベルド様。良かったら、今度うちに来てください」



ご令嬢の1人がそう言うと、その後ろから彼女の父親も近づいてきた。

それに合わせて残りの令嬢2人の両親も近づいてくる。



「フィルベルド殿。今度、我が家の晩餐にでもご招待します。どうぞ遠慮なく来てください」



フィルベルド様の傍らにいる私は見えてないように、ハハッとご機嫌良くフィルベルド様を招待する。



「楽しみですわ!!」

「私たちもぜひ……!」



そう言ったところで、フィルベルド様の冷たい声が響く。



「何故、俺が貴殿らの晩餐に行かねばならんのだ」

「で、でも、お久しぶりですし……」



フィルベルド様に会い、はしゃいでいた様子が一変するとご令嬢は引け腰になった。



「初対面の人間にろくな挨拶もなく招待するような無礼な家と付き合うつもりはない」

「しょ、初対面では……結婚前には、何度かお会いしていましたわ……」

「あぁ……婚約を申し込んできた家か? なら、覚えてないのは当然だ。誰一人心惹かれる女性はいなかったのだから……俺がこの6年覚えていたのは愛しい妻のディアナだけだ」



そう言って、大事なものを包み込むように抱きしめて来る。



「そんなわけ……」

「そんなわけだと? 無礼にもほどがあるぞ。俺の妻を軽く見るような家と付き合うことはない!」



迫力のある冷たい眼が、この場にいる私以外に向けられた。



「ディアナ……いきなり押しのけられて痛みはないか? すぐに帰ろう」

「は、はい……っ」



いきなり軽く抱き上げられて、「ひゃっ……」と微かに出そうな声を抑え返事をした。



「最愛の妻が怪我でもしていたら、大変だ」



抱き上げられたまま、顔が近づきコツンと額と額が当たり、人前でのフィルベルド様の行動に顔から火が出そうなくらい赤くなる。



「フィルベルド様。降ろしてください……ここでは恥ずかしくて……」

「あぁ……大丈夫だ。すぐに邸に帰ろう」



そう言って、ギラリと正面を睨む。



「通してもらおうか」

「フィ、フィルベルド様! し、失礼しました。娘たちがつい興奮してしまって……!!」



フィルベルド様の私を慈しむ対応に、ポカンとなっていた両親たちが慌てて謝罪してきた。



「謝罪する相手が違うのではないか?」

「し、失礼いたしました! 奥様!!」



頭を下げる両親たちと呆然と見ている令嬢たちを、フィルベルド様は振り向くこともなく私を抱きかかえたまま歩き馬車に乗り込んだ。



馬車に乗り込むと置いていた杖で、コンコンと天井を叩き合図を送ると馬車は、彼らを残してこの夜会から走り出した。



馬車の中では、抱きかかえられたまま乗り込んだせいか膝の上に乗せられている。



「フィルベルド様……おろしてください」

「何故? ここでいいじゃないか」

「あれくらいで怪我なんてしませんよ。私は、大丈夫です」



ムッとした顔つきになると、いっそう腕に力が入る。どうやらおろす気はないようで、諦めてフィルベルド様の膝の上で小さくなる。



「……先ほどのことは気にしていませんよ。でも、本当にご令嬢たちを覚えてなかったのですか?」

「婚約を申し込んできた家は多かったが、誰一人顔は覚えてない。結婚する気もなかったし……ディアナだけだ」

「でも、私たちは政略結婚です。フィルベルド様には、なんのメリットもない結婚です」

「むしろ俺の方が、条件を叶えてもらった。それに、あの頃、俺に仕事を頑張ってください、と応援してくれたのは、ディアナだけだ。あの言葉に救われた」

「でも、仕事を応援するのは当然のことです。そんな特別なことでは……」

「俺にとっては、特別なことだ。その言葉で、この6年君と過ごせる日を夢見ていた。あの日、バラに夢中になって見ていた顔も忘れたことはない。あんなに女性を可愛いと思ったことは無かった……」



慈しむように言われて、今夜の夜会でのご令嬢たちの言葉を思い出した。



『私が妻なら、フィルベルド様に行ってはいけませんよ、とちゃんとご説明するのに』

『私なら毎月ちゃんと帰って来て下さいと、夫の管理ぐらいしますわ』

『私なら、お父様にお願いしますわ。まぁ、私たちなら6年も隣国ゼノンリード王国に行かせる仕事なんてさせませんけど』



あの人たちは、きっとフィルベルド様のお仕事を応援しなかったのだ。

それは、フィルベルド様を否定することだったのかもしれない。彼は、きっとそう感じていたと思う。

私だって、そう言われて不愉快だった。



「ひゃっ……っ!!」



思い出していると首筋が急にくすぐったくなり、フィルベルド様の唇が首筋に這うとチクンと痛みが走る。

そして、首筋から離れたフィルベルド様。自分で首筋を抑えながら真っ赤な顔でフィルベルド様を見た。



「フィルベルド様……痛いです」

「嫌か?」

「は、初めてですから……」

「そうか……」



満足そうにフィルベルド様の瞼が軽く閉じる。そして、大事そうに見つめて髪をすいてくる。時折唇を絡めながら。

それは、邸につくまで続いていた。









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