白い結婚なので離縁を決意したら、夫との溺愛生活に突入していました。いつから夫の最愛の人になったのかわかりません!
夫と妻の初デート
いつもよりも早くに帰って来たフィルベルド様と、初めてのデートをする。
侍女のミリアは、張り切って支度をしてくれ、そのドレス姿にフィルベルド様は満足気だ。
「一番いい席を取れなくてすまないな……」
「いいのですよ。急なことでしたし、すでに予約されている方をお金と権力で横取りするわけにはいきません」
今夜は、音楽鑑賞に連れて来てくれた。チェロの四重奏がメインのこの楽団は、人気の楽団だからいい席が空いてないのは仕方ない。
それに、その席を取るために、金と権力で差し押さえるような無礼な方では無くて、私はほっとしていた。
フィルベルド様が、確保してくださった席は二階のソファー席。
これでも、平民が取れるような席ではないのだから、私がゆっくりと鑑賞できるように取ってくれたのだとわかる。
でも……。
「フィルベルド様……鑑賞中は少し離れませんか?」
「今日は、恋人のようにと決めたはずだ」
そう言って、二人掛けのソファーに座っている私を抱き寄せる手が、いっそう力が入った。
「恋人の距離ですか? デートは生まれて初めてですので……」
デートは生まれて初めてだった。
これが、恋人の距離なのだろうかと疑問に思うが、恋人のようにと、約束をした。
だから、少し強張った身体をフィルベルド様に預けるように彼の胸板に凭れてみると、彼は顔を片手で覆い苦しそうな様子になる。
「本当に可愛い……可愛すぎておかしくなる」
「ここで壊れるのは、止めてくださいね……」
個室ではないこの席で壊れられたら困る。すでに、任命式でフィルベルド様のお顔は知れ渡っているから、周りはフィルベルド様に釘付けだ。
妻を可愛がる夫に見えるのだろうか。不思議そうに見ている人もいるから、フィルベルド様のこの様子に困惑しているのかもしれない。
私も、この甘い夫に困惑中だ。
そんな周りの視線をものともせずに、楽団の演奏は始まっていた。
……フィルベルド様の腕の中で、演奏を聞き終え食事を済ませたあとは、街灯の灯りに照らされた街を歩いていた。
この辺りは貴族街だから、夜も衛兵が見回りに歩いており安全に歩けるようになっていた。
通り過ぎる腕を組んだ仲睦まじい夫婦を見ると、私たちも他人からはそう見えるのだろうか……と思う。
「どうした? 雑貨屋が気になるのか?」
視線の先には雑貨屋があり、私がそれを見ていると思ったようだった。
「何か買うか?」
「フィルベルド様は、何か欲しいものはないのですか?」
「俺は、ハンカチを頂いた。あれは、嬉しかった……ディアナがずっと覚えていてくれたこともそうだし、自分で刺しゅうもしてくれていたなんて、感激してしまった」
「私も……フィルベルド様が結婚した日に、ハンカチをくれたことは嬉しかったのですよ」
あの日、怖そうな人だな、とは思ったけど予想外のハンカチを出された瞬間は心臓が少しだけ跳ねたのだ。
「……フィルベルド様。雑貨屋で欲しいものが出来ました。少しだけ、ここで待っていてくれますか?」
「一緒に行かないのか? 今夜は、恋人のはずだ」
「恋人にも、秘密はありますよ。でも、今度お教えしますから、少しだけ待っていてくださいね」
ムッとした顔になったフィルベルド様を置いて一人で雑貨屋に入ると、店仕舞いの時間が近いのか、店員は少しずつ店を片付けている。
その店の中で、急いで刺しゅう糸を探した。
この国では、ハンカチを贈る風習があるから雑貨屋にもそれなりに刺しゅう糸が揃っており、案の定この店にも美しい刺しゅう糸が並んでいた。
その中で金糸を選び買いながら雑貨屋のガラス窓を見ると、フィルベルド様が私を見ている。
目が合うと軽く微笑まれ、恥ずかしくて思わず目を反らした。店員は、その様子に微笑ましくなっている。
雑貨屋を出ると、腕を組んでいたフィルベルド様が迎えてくれる。
「何か欲しいものがあるなら、何でも買うんだが……」
「これは、自分で買いたかったのです。……それと、あの家に少し寄ってもいいですか?」
「街外れの借家か?」
「はい……荷物を取りに行きたくて」
「それはかまわないが……」
「どうせなら、そこでお茶をしましょう。今夜は、月が綺麗だから星も綺麗に見えますよ」
「いいのか? ……なら、ディアナの好きな茶葉を買っていこう」
「はい。楽しみですね」
2人で茶葉を選び、クッキーを買う。
フィルベルド様と一緒にいることは緊張していたはずなのに、一緒に買い物をすることが思いのほか窮屈には感じず不思議だった。
イクセルに借りている家に着くと、家の裏手でフィルベルド様はテキパキと敷物を敷き始めた。
敷物の上には、家の中から持ってきたクッションも置いた。
「慣れてますね……」
「騎士の訓練で野営をすることもあったからな。テント張りも新人の頃には、それなりにやっていた」
「フィルベルド様の新人の頃はどうでしたか? 騎士の訓練は大変ですよね?」
「……愛想がなくて、上官が話しかけにくかったらしいぞ」
迫力のあるフィルベルド様が新人だということを思い浮かべると、ふふッと笑みが零れた。
「ふふっ……フィルベルド様は権力を笠に着る方では無いですから、上官の方はアクスウィス公爵家に取り入りたくても出来なかったのですね」
そう思うと、見たこともない上官の悔しそうな顔が浮かぶ。
それをフィルベルド様は歯牙にもかけず交わしていた様子が脳裏に浮かんだ。
「そうだな……やはり、ディアナは違うな」
「変なことを言いましたか?」
何が違うのかわからず、キョトンとしてしまう。
「いや。……皆、上官には気に入られたいし、貴族なら上官の貴族とは繋がりを持てと言うからな……」
「私は、少し貴族らしく無いですね……」
「だが、ディアナは無礼ではないし品もある」
品があるかどうかはわからないけど。無礼なつもりはない。
「ディアナ。隣に……」
「はい」
フィルベルド様の寝転がる隣に転がると、周りには民家もなく静かな風が吹く中、空には満天の星空が広がっている。
「綺麗ですね……まさか、フィルベルド様と星空を見る日がくるとは思いませんでした」
「そうだな……随分苦労をかけた。……白い結婚だと噂されていたのだろう。すまない……」
「……知っていたのですか?」
「知ったのは最近だ……」
「それで、この間の夜会では帰ろうとしたのですね……」
用事が終わり、戻って来た時には、『これ以上一人にしたくない』と言っていたのはそういう事だったのだ。
「もしかして、ご令嬢たちに不機嫌になったのは?」
「……ディアナのもとに戻る前に、少しだけ小耳に挟んだ。もう二度とあんなことはさせない」
「でも、今はフィルベルド様がいるから、もう大丈夫ですよ。私は、元々友人も一人しかいませんし……」
フィルベルド様が気にすることはない、という思いでそう言うと彼が真剣な眼差しで上から覆いかぶさるように腕を立てる。
「俺は頼りにならないか?」
「そんなことありません……フィルベルド様が帰って来て良かったとは思っているのです」
「本当か? なら、もっと頼ってくれないか? ディアナのためならどんなことでもしたい」
「……では、私が困ったことがあれば、助けに来てくれますか?」
「どこにいても助けに行く」
「……はい。信じてますからね」
時々壊れそうなフィルベルド様だけど、優しいのは間違いない。
問題は、私が自分に自信が無いせいかもしれない。
音沙汰が無かったのも、私みたいな令嬢と結婚なんだから仕方ないとどこか諦めていた。
それなのに、いつか帰ってくる、と期待もしていた。
自分が矛盾している。だから、私はまだフィルベルド様を受け入れられないのだ。
それなのに、フィルベルド様は私に無理強いはしない。
そんな彼を嫌いにはなれなかった。
「……フィルベルド様。この家は引き払いますね」
「いいのか?」
「はい」
それは、私にとっての決意だった。離縁をしないでフィルベルド様とずっと暮らそうと心が固まってきている。
隣に転がりなおしたフィルベルド様を見ると、愛おしそうにそっと抱き寄せられてくる。
私は、恥ずかしながらもそれに抵抗することなく腕の中にいた。
侍女のミリアは、張り切って支度をしてくれ、そのドレス姿にフィルベルド様は満足気だ。
「一番いい席を取れなくてすまないな……」
「いいのですよ。急なことでしたし、すでに予約されている方をお金と権力で横取りするわけにはいきません」
今夜は、音楽鑑賞に連れて来てくれた。チェロの四重奏がメインのこの楽団は、人気の楽団だからいい席が空いてないのは仕方ない。
それに、その席を取るために、金と権力で差し押さえるような無礼な方では無くて、私はほっとしていた。
フィルベルド様が、確保してくださった席は二階のソファー席。
これでも、平民が取れるような席ではないのだから、私がゆっくりと鑑賞できるように取ってくれたのだとわかる。
でも……。
「フィルベルド様……鑑賞中は少し離れませんか?」
「今日は、恋人のようにと決めたはずだ」
そう言って、二人掛けのソファーに座っている私を抱き寄せる手が、いっそう力が入った。
「恋人の距離ですか? デートは生まれて初めてですので……」
デートは生まれて初めてだった。
これが、恋人の距離なのだろうかと疑問に思うが、恋人のようにと、約束をした。
だから、少し強張った身体をフィルベルド様に預けるように彼の胸板に凭れてみると、彼は顔を片手で覆い苦しそうな様子になる。
「本当に可愛い……可愛すぎておかしくなる」
「ここで壊れるのは、止めてくださいね……」
個室ではないこの席で壊れられたら困る。すでに、任命式でフィルベルド様のお顔は知れ渡っているから、周りはフィルベルド様に釘付けだ。
妻を可愛がる夫に見えるのだろうか。不思議そうに見ている人もいるから、フィルベルド様のこの様子に困惑しているのかもしれない。
私も、この甘い夫に困惑中だ。
そんな周りの視線をものともせずに、楽団の演奏は始まっていた。
……フィルベルド様の腕の中で、演奏を聞き終え食事を済ませたあとは、街灯の灯りに照らされた街を歩いていた。
この辺りは貴族街だから、夜も衛兵が見回りに歩いており安全に歩けるようになっていた。
通り過ぎる腕を組んだ仲睦まじい夫婦を見ると、私たちも他人からはそう見えるのだろうか……と思う。
「どうした? 雑貨屋が気になるのか?」
視線の先には雑貨屋があり、私がそれを見ていると思ったようだった。
「何か買うか?」
「フィルベルド様は、何か欲しいものはないのですか?」
「俺は、ハンカチを頂いた。あれは、嬉しかった……ディアナがずっと覚えていてくれたこともそうだし、自分で刺しゅうもしてくれていたなんて、感激してしまった」
「私も……フィルベルド様が結婚した日に、ハンカチをくれたことは嬉しかったのですよ」
あの日、怖そうな人だな、とは思ったけど予想外のハンカチを出された瞬間は心臓が少しだけ跳ねたのだ。
「……フィルベルド様。雑貨屋で欲しいものが出来ました。少しだけ、ここで待っていてくれますか?」
「一緒に行かないのか? 今夜は、恋人のはずだ」
「恋人にも、秘密はありますよ。でも、今度お教えしますから、少しだけ待っていてくださいね」
ムッとした顔になったフィルベルド様を置いて一人で雑貨屋に入ると、店仕舞いの時間が近いのか、店員は少しずつ店を片付けている。
その店の中で、急いで刺しゅう糸を探した。
この国では、ハンカチを贈る風習があるから雑貨屋にもそれなりに刺しゅう糸が揃っており、案の定この店にも美しい刺しゅう糸が並んでいた。
その中で金糸を選び買いながら雑貨屋のガラス窓を見ると、フィルベルド様が私を見ている。
目が合うと軽く微笑まれ、恥ずかしくて思わず目を反らした。店員は、その様子に微笑ましくなっている。
雑貨屋を出ると、腕を組んでいたフィルベルド様が迎えてくれる。
「何か欲しいものがあるなら、何でも買うんだが……」
「これは、自分で買いたかったのです。……それと、あの家に少し寄ってもいいですか?」
「街外れの借家か?」
「はい……荷物を取りに行きたくて」
「それはかまわないが……」
「どうせなら、そこでお茶をしましょう。今夜は、月が綺麗だから星も綺麗に見えますよ」
「いいのか? ……なら、ディアナの好きな茶葉を買っていこう」
「はい。楽しみですね」
2人で茶葉を選び、クッキーを買う。
フィルベルド様と一緒にいることは緊張していたはずなのに、一緒に買い物をすることが思いのほか窮屈には感じず不思議だった。
イクセルに借りている家に着くと、家の裏手でフィルベルド様はテキパキと敷物を敷き始めた。
敷物の上には、家の中から持ってきたクッションも置いた。
「慣れてますね……」
「騎士の訓練で野営をすることもあったからな。テント張りも新人の頃には、それなりにやっていた」
「フィルベルド様の新人の頃はどうでしたか? 騎士の訓練は大変ですよね?」
「……愛想がなくて、上官が話しかけにくかったらしいぞ」
迫力のあるフィルベルド様が新人だということを思い浮かべると、ふふッと笑みが零れた。
「ふふっ……フィルベルド様は権力を笠に着る方では無いですから、上官の方はアクスウィス公爵家に取り入りたくても出来なかったのですね」
そう思うと、見たこともない上官の悔しそうな顔が浮かぶ。
それをフィルベルド様は歯牙にもかけず交わしていた様子が脳裏に浮かんだ。
「そうだな……やはり、ディアナは違うな」
「変なことを言いましたか?」
何が違うのかわからず、キョトンとしてしまう。
「いや。……皆、上官には気に入られたいし、貴族なら上官の貴族とは繋がりを持てと言うからな……」
「私は、少し貴族らしく無いですね……」
「だが、ディアナは無礼ではないし品もある」
品があるかどうかはわからないけど。無礼なつもりはない。
「ディアナ。隣に……」
「はい」
フィルベルド様の寝転がる隣に転がると、周りには民家もなく静かな風が吹く中、空には満天の星空が広がっている。
「綺麗ですね……まさか、フィルベルド様と星空を見る日がくるとは思いませんでした」
「そうだな……随分苦労をかけた。……白い結婚だと噂されていたのだろう。すまない……」
「……知っていたのですか?」
「知ったのは最近だ……」
「それで、この間の夜会では帰ろうとしたのですね……」
用事が終わり、戻って来た時には、『これ以上一人にしたくない』と言っていたのはそういう事だったのだ。
「もしかして、ご令嬢たちに不機嫌になったのは?」
「……ディアナのもとに戻る前に、少しだけ小耳に挟んだ。もう二度とあんなことはさせない」
「でも、今はフィルベルド様がいるから、もう大丈夫ですよ。私は、元々友人も一人しかいませんし……」
フィルベルド様が気にすることはない、という思いでそう言うと彼が真剣な眼差しで上から覆いかぶさるように腕を立てる。
「俺は頼りにならないか?」
「そんなことありません……フィルベルド様が帰って来て良かったとは思っているのです」
「本当か? なら、もっと頼ってくれないか? ディアナのためならどんなことでもしたい」
「……では、私が困ったことがあれば、助けに来てくれますか?」
「どこにいても助けに行く」
「……はい。信じてますからね」
時々壊れそうなフィルベルド様だけど、優しいのは間違いない。
問題は、私が自分に自信が無いせいかもしれない。
音沙汰が無かったのも、私みたいな令嬢と結婚なんだから仕方ないとどこか諦めていた。
それなのに、いつか帰ってくる、と期待もしていた。
自分が矛盾している。だから、私はまだフィルベルド様を受け入れられないのだ。
それなのに、フィルベルド様は私に無理強いはしない。
そんな彼を嫌いにはなれなかった。
「……フィルベルド様。この家は引き払いますね」
「いいのか?」
「はい」
それは、私にとっての決意だった。離縁をしないでフィルベルド様とずっと暮らそうと心が固まってきている。
隣に転がりなおしたフィルベルド様を見ると、愛おしそうにそっと抱き寄せられてくる。
私は、恥ずかしながらもそれに抵抗することなく腕の中にいた。