白い結婚なので離縁を決意したら、夫との溺愛生活に突入していました。いつから夫の最愛の人になったのかわかりません!

呪いの浄化

クレイグ殿下は、私と同じだ。
周りに誰がいても、一人で孤独だった。
そして、私よりもずっと長い間、たった一人だったのだ。

ポタポタと涙を流すと、フィルベルド様が心配そうに顔を寄せる。

「ディアナ? どうした?」
「クレイグ殿下は私と同じだったのです……ずっと一人で……」

フィルベルド様の腕の中で力なくそう言うと、アスラン殿下が立ち上がり私の前で跪いた。

「ディアナ。すまなかった……私がフィルベルドと君を6年も引き離してしまった。私は兄上だけでなく、君にも無神経なことをしていた……」
「アスラン殿下のせいではありません。命がかかっていたのですから、国をでることは当然です。それに、呪いをかけたのはクレイグ殿下です。どんな理由があってもやってはいけなかったのです」

申し訳なさそうにしているフィルベルド様の腕の中で涙を拭き、そう言った。

「フィルベルド様もお気になさらないでください。あの頃は、私はまだ14歳だったのです。側にいてくださっても、とても妻の役割を果たせませんでした。だから、フィルベルド様が気に病むことはないのですよ。それに、仕事を一生懸命するフィルベルド様は素敵です」

今もアクスウィス公爵領に帰ってないし、夫婦なのに部屋さえ別々だ。
とても妻らしくない。

2人に気にしてほしくなくて、笑顔でそう言い、アスラン殿下を見ると、不意なことに思わず悲鳴が出た。

「キャアっ!! フィ、フィルベルド様!!」
「どうした!?」
「あ、あれ……」

フィルベルド様の腕の中で顔を埋めるようにしがみつき、アスラン殿下を指さした。
アスラン殿下の足元から黒いモヤが湧き出ており、彼を包もうとしていたのだ。

鳥肌が立つほどゾッとする。
クレイグ殿下の後宮にいた時みたいに不気味だったのだ。

「黒いモヤが足元から……」
「どこだ!?」

窓からの日差しで影が出来て、その中から出ている。

「影です! アスラン殿下の影の中から見えます!!」
「……影に隠していたのか!? ルトガー! すぐに解除魔法を使えるフランツを呼んで来い。すぐに呪いを解くぞ」
「ハッ!!」

ルトガー様が、急いで部屋から出て行き、フィルベルド様はアスラン殿下の影が現れないようにカーテンを一斉に閉めた。
暗くなった部屋に灯りを燈すと、微かな影にも黒いモヤがにじみ出て来た。

「アスラン様。灯りも消します」
「あぁ、かまわない」

真っ暗になった部屋でアスラン殿下も見えないから、黒いモヤがどうなっているのかわからない。

「アスラン様。大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。身体に異変はない」

クレイグ殿下がもう呪いを強められなくて、アスラン殿下は大丈夫なのだろうと思う。
でも、この暗闇に私の身体は微かに震えた。

クレイグ殿下の後宮が恐ろしかったのだ。

今思えば、呪いの黒いモヤが後宮に溢れていたからかもしれない。

でも、私は、真っ暗闇の中鎖に繋がれて一人で来るかどうかわからないフィルベルド様を待っていた。来て欲しいと誰にも知られずに待っていたのだ。
それを思い出す。

「……ディアナ。大丈夫か?」

優しい声。暗闇の中、どこを見ているかわからないフィルベルド様の声のする方を見上げると逞しい腕の中に包まれた。
それに、震えは止まる。

「まさか、影の中に隠していたとは……一体どうやって……」
「兄上は、魔法に懸命だったから……」
「努力家なのは認めますけど……こんな手の込んだことをするとは……影の黒い性質を利用して隠したのか? 呪いを強めた時に現れていたのだろうか? それとも、影が現れる時に抑えられてない黒いモヤが溢れていたのか?」

何故か、クレイグ殿下の魔法に誇らしげなアスラン殿下に、フィルベルド様は少し呆れ気味だった。独り言を呟きながら考えている。

そのまま、数分後には第二騎士団の解除魔法の使える魔法使いをルトガー様が、連れて来た。

「フィルベルド様! フランツを連れて来ました!」
「すぐに殿下を!」

黒髪の30歳ほどの青年。落ち着いた雰囲気の彼はフランツと呼ばれ、魔法使いのはずだが、騎士の隊服でやって来た。彼も第二騎士団の一員らしい。そして、アスラン殿下の呪いを筆頭に見ている魔法使いだった。

「ディアナ。少しの間下がっててくれるか?」
「は、はい」

私を呪いに近づけないように、壁際に移動させられるとフィルベルド様とルトガー様が目配りをして一斉にカーテンを開けた。

でもそこには、もう影からにじみ出てきてない。

「呪いは強弱もあり、体調が不安定なものでした。きっと影から出たり入ったりしていたのですよ」

そのせいで誰もわからなかった。
クレイグ殿下が、呪いが見えないように巧みに魔法をかけて隠していたのかもしれない。
私にしか見えなかったのは、そのせいのような気がする。

フランツさんがそう言うと、フィルベルド様がアスラン殿下に近寄る。

「アスラン様。やりますよ。少し苦しいかもしれませんが……」
「かまわない」

そう頷くと、フィルベルド様の顔が引き締まる。
騎士の顔だ。

「無理やりにでも引っ張り出すぞ。フランツ。影から出ればすぐに呪いの浄化をするんだ。ルトガーは、触媒のところに行け! おそらく、クレイグ殿下の後宮が触媒だ! 後宮から使用人全てを出すんだ! 崩れるかもしれん!」
「「ハッ!!」」
「やるぞ!!」

アスラン殿下は、部屋のテーブルに両手をつく。

「フィルベルド! やれ!!」
「ハッ!!」

合図と共に、フィルベルド様がアスラン殿下の影に向かって切り裂くような風を手にまとい叩きつけた。
影からは、ブワッと黒いモヤがあふれ出た。まるで影が生きているようにさえ見えた。
それをフランツさんが魔法を放つと、白い光に包まれている。これが呪いを浄化している魔法なのだろう。

アスラン殿下を見ると、首筋に黒い筋が走っているように伸び始めていた。それに、首を絞められているのか、アスラン殿下は苦しそうになっている。

「ア、アスラン殿下!? フィルベルド様、アスラン殿下の首筋が……!」
「首筋? 首筋になにか見えるのか!?」

アスラン殿下は、歯を食い縛って苦悶表情になっている。
誰にも見えてない。
それほど魔力の流れは普通の人には見えないのだと思い知らされる。
魔法使いでも、目を凝らしてもそうは見えない。
だから、『真実の瞳』を探し回っていたのだ。

「フィルベルド様! 呪いがアスラン殿下の身体を蝕んでいるかもしれません! 奥様には見えています!」

フランツさんが、呪いの浄化をしながらそう言う。

「ディアナが言うなら間違いはない!! もう一度影から出すぞ!」

フィルベルド様が力強くそう言うと、また同じことをした。

何度もフィルベルド様がアスラン殿下の影から、呪いを追い出しフランツさんが呪いを浄化する。
その繰り返しを一刻近く続け、やっと呪いの黒いモヤは出なくなった。

その間にルトガー様は、触媒であろう後宮に行き、他の回復要員の手配もしていた。





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