秘夜に愛を刻んだエリート御曹司はママとベビーを手放さない
 このときには、知る由もなかった。
――あんな形で、彼と再会を果たすことになるなんて。
 
 甘すぎる一夜から約三週間後。十月最初の日曜日。
 初秋らしい、高く澄んだ青空が広がっている。
 日比谷にある老舗ホテルのエントランスを通り抜けた清香は、ゆっくりと視線を動かして周囲の様子をうかがう。

 ピンクやオレンジ、明るい色のドレスに身を包んだ女性客の姿が目立つ。
 きっと結婚式のゲストだろう。華やいだ笑い声が聞こえてくる。
 約束の場所であるティールームは、正面の大階段のちょうど反対側にある。ひと呼吸してから、そちらにつま先を向けた。すると、ちょうど斜め前にあった鏡ばりの柱に自分の姿が映り込む。

 藤色の地に金糸で唐草模様が描かれた振り袖は、洗練されていて品がいい。もっとも、優美な見た目とは裏腹にずっしりとした重量があり、すでにおなかのあたりが苦しかったが、これは我慢するしかない。

 一度も染めたことのないまっすぐな黒髪は低めの位置でまとめ、大人っぽく仕上げた。メイクはごくナチュラルに。清香は癖のない和風の顔立ちなので、あまり派手な色をのせるのは似合わない。
(これで大丈夫、よね?)
 今日は成人式ではなく、見合いの席だから、このくらい落ち着いた雰囲気が合っているはず。そう自分に言い聞かせる。
(お見合いかぁ……)
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