秘夜に愛を刻んだエリート御曹司はママとベビーを手放さない
 とっくに覚悟を決めていたつもりだったけれど、いざそのときが来てしまうと、やはり気が重い。鏡のなかの自分はなんとも浮かない顔をしていた。ぐいっと、指先で口角を持ちあげる。
(失礼がないようにしなくちゃね。なにせ、相手はあの大河内(おおこうち)家の御曹司だもの)

 財閥は戦後に解体されたとはいえ、今だって間違いなくこの国で一、二を争う財力を持つ大河内一族。金融、貿易、不動産……どの業界でも大河内の名を冠した企業は圧倒的なシェアを誇っている。
 清香には分不相応すぎる立派な相手だ。気に入ってもらえる自信はまったくないが、それでも粗相にだけは注意しないといけないだろう。

 迷いを振り切るように、鏡から顔をそむけてティールームへと足を速めた。
(もう十分じゃない、憧れ続けていた人に最高の思い出をもらったんだから)

 時刻は午後三時。ちょうどティータイムなので、店内はそれなりににぎわっていた。高級ホテルらしく、客席と客席の間には十分なスペースがあり贅沢な空間が広がっている。相手を見つけられるか少し心配に思っていたけれど、ほとんどが女性客で二十九歳の男性と思わしき人物はひとりしかいなかった。

 清潔感のある短髪にピンと伸びた背筋。グレーのジャケットは遠目にも高価であることが見てとれる。
(あの人かな?)
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