秘夜に愛を刻んだエリート御曹司はママとベビーを手放さない
 むしろ、あのセレブぶりを思うとすんなりと納得できる気もした。
(彼が私のお見合い相手? 一度かぎりと諦めていたけど、もしかしたら……)
 鼓動がうるさく騒ぎ立てる。かすかな期待が大きくなって、清香の前に甘やかな未来を描き出す。
 イエスと言ってくれるのを祈るような気持ちで、綺麗な唇がゆっくりと動くのを見守った。

「違う。俺は昴じゃない」
 雷に打たれたように、頭が真っ白になった。浮かれてしまった分だけ受けたショックも大きい。冷静になろうとしても思考がまとまらない。
(昴さんじゃない? それなら、どうして彼がここに?)
「まずは、落ち着いて話をしよう」
 彼は清香を一瞥し、目で奥の席に座るよう促す。
 言葉こそ丁寧だったが、向けられた眼差しに心臓がひやりとした。あの夜とは別人のような、冷たい瞳。

 ゆったりとしたソファ席に向い合わせに座る。彼は清香にメニューを向けた。
「飲み物はなにを? 甘いものは好きだと言ってたよな。遠慮せずケーキもどうぞ」
 清香はおそるおそる彼を見あげる。他人の空似という可能性も考えたが、今の台詞でそれは否定された。
(やっぱり、あの夜の彼には間違いない……のね)
 清香が『甘いものに目がないのだ』と言ったことを、彼は覚えていてくれたのだろう。
「ホットのレモンティーを。今日は、ケーキは結構ですので」
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