秘夜に愛を刻んだエリート御曹司はママとベビーを手放さない
「頭ではわかっているんですけど、身体が上手に動かなくて……」
 先生にも身体の使い方は散々教わったのだけれど、言われたとおりに動かすのが難しいのだ。どうにも感覚をつかめない。
「下腹部を薄くする意識だ。最初はわからなくても、意識を続けると自分の思うとおりに身体を動かせるようになってくる」
「こうですか?」
「そう。もっと肩甲骨を寄せて、肩はしっかり落とす」
 彼の手で清香の姿勢は整っていく。

「あぁ、だいぶマシになった。日舞に見えるぞ」
 褒め言葉にはほど遠いが、それでも清香にはうれしかった。
「本当ですか?」
 弾んだ声で言って彼を見る。と、思ったより近いところに志弦の顔があった。ドキドキしてしまって、すぐに視線を外す。
(やっぱり、ものすごくかっこいい……)

「――ありがとうございました」
「別に」
 言葉少なに、ふたりは会話を終えて別れた。両手で頬を触ってみると、なんだか熱くなっていた。
(赤くなってないかな? 一瞬、意識しちゃったこと志弦さんに気づかれてないよね)

 清香が屋敷に来て、最初の月曜日。
 尾野美術館の休館日なので、仕事も休み。花嫁修業も午前中は休みと聞かされていたので、私室として与えられている部屋で、清香は荷物の整理などをしていた。

「あら。清香さん、ご在室ですか?」
 障子の向こうから聞こえてくるのは、パート従業員の千佳の声だった。
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