秘夜に愛を刻んだエリート御曹司はママとベビーを手放さない
「うぅ、寒いっ」
 コートの襟を立て、背中を丸めるようにして足を速めた。
 ここで暮らしはじめて、もう二週間。屋敷内で迷子になることはなくなったが、昴はいっこうに顔を見せる気配もない。

(なんのための花嫁修業なんだろう)
 考えてもむなしくなるだけだと、清香はそこで思考を断ち切る。すると、庭の奥からか細い鳴き声が聞こえてきた。なにかの動物……猫の声だろうか。
 キョロキョロと辺りを見渡すと、低木の陰にうずくまる子猫の姿を見つけることができた。

(どこかの猫が迷い込んだのかな?)
 そう思って近づいてみる。毛は焦げ茶色、雑種かどうかは定かではないが、血統書のつく高級な猫という見た目でもない。
「どこから来たの?」
 子猫は清香の声にびくりと警戒をあらわにした。すぐにでも逃げ出したいような顔をしているのに、なぜかその場にとどまっている。よく見れば、前足に血がにじんでいた。

(逃げたくても逃げられない。私と一緒だ)
 妙な親近感を覚えてしまい、放っておけなくなった。
「怪我しちゃったのね。大丈夫?」
 せめて怪我の手当てくらいはしてやりたいが、勝手をしたら駒子に怒られてしまうだろうか。それに、飼う気がないなら構うなとはよく聞くことだ。
「う~ん」
 弱ったように眉根を寄せる清香の背に声がかかった。
「そんなところでなにをしてる?」
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