秘夜に愛を刻んだエリート御曹司はママとベビーを手放さない
 わかってもらえたことがうれしかった。歌川国芳は江戸末期に活躍した浮世絵師で、猫を描いた作品の多さでも知られている。猫を描いた画家は西洋にも多く、ピカソやルノワールなどがその筆頭になるだろうか。
「ルノと迷ったんですが、この子は日本風だから」
「そうだな。ウタのほうが似合ってる」

 ふたりを包む優しい空気に、清香の胸は甘く疼く。
(こんなふうにおしゃべりするのは、碧美島以来だな……。ダメだとわかっていても、やっぱりこの男性の隣はドキドキする)
 青墨の瞳も、薄く形のよい唇も、落ち着いた声も、あの幸せだった瞬間を思い出させる。心をかみ乱されて困るのに、それでも、そばにいたいと願ってしまう。

「ひどいようなら、動物病院に連れていくか」
 ウタの前足に視線を落としながら志弦は心配そうにつぶやいた。
「あ、はい。そうですね。まずは止血をしてあげて……」
 彼に見とれていたことを悟られないように、清香は慌てて手を動かす。ミルクと一緒に志弦が持ってきてくれた救急箱からガーゼを取り出して、ウタの前足に触れようとしたその瞬間……ガリッと爪を立てられてしまった。まだ警戒は解けていなかったらしい。

「いたた」
 傷口を確認しようと指先を持ちあげると、横から伸びてきた志弦の手につかまった。
「え……」
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