秘夜に愛を刻んだエリート御曹司はママとベビーを手放さない
 庭園のほうにはグループの客もいてにぎやかだったが、館内は熱心なひとり客がパラパラいる程度で静かだった。志弦は山水画などをぼんやりと眺めた。

(俺は大河内グループを去ったほうがいいんだろうか)
 グループ内は自分を推す勢力と弟の昴派で大きく二分してしまっている。源蔵が後継者を昴にと決めたのなら、自分は彼を支えることに徹しようと思っているが、すんなりとそれが許される雰囲気ではない。いっそ、自分が去ったほうがグループはまとまるのではないか。志弦はそんなふうに思いつめていた。

「はい。こちらの作品は室町中期頃のもので――」
 ふいに志弦の耳に、鈴を転がすような声が届いた。綺麗だなと、素直に感動して声の主を探す。ブラックスーツに身を包んだ、ここのスタッフだった。すらりと華奢なスタイルに日本的な優しい顔立ち。立ち居振る舞いから、品のよさがにじみ出ている。
 なにより、展示品を見つめるキラキラとした瞳に志弦は心を奪われた。

(あぁ、この作品が大好きなんだな)
 言葉の端々からも扱う作品へ込めた彼女の愛が伝わってくるようで、ほほ笑ましい。彼女の仕事への真摯な姿勢に、自分の入社当時を思い出した。
(俺も社会人になりたての頃は、うちの仕事が純粋に好きだったな。世界を変える大きな仕事ができることにワクワクして……)
 当時の自分が今のこの姿を見たら、どう思うだろう。
(きっとあきれるな)
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