秘夜に愛を刻んだエリート御曹司はママとベビーを手放さない
 投げ出さずに、もう少しがんばってみようか。そんな気持ちになれたのは、彼女のおかげだ。

 この日以来、なにか考えごとがあるたびに訪れるようになった。それがいつしか、〝毎週日曜日には欠かさず〟に変わった。けっして、悩みが増えたからではない。彼女に会いたかったからだ。

 名前も知らない、言葉を交わしたこともない相手に恋をしてしまっていた。一目ぼれなんて、それまでは信じていなかった。外見に幻想を抱くほどに、中身に幻滅する可能性が高くなると、むしろ否定派だったくらいなのに。
 けれど、彼女の美しく伸びた背筋や癖のないサラサラの黒い髪は、内面の素直さを表しているように思えたし、仕事への姿勢から人間性も伝わってくる。中身を知ったら、きっともっと好きになる。そんな確信があった。

(いいかげん、見つめているだけは卒業しよう)
 そう決意して、志弦はひどい夕立のなか、彼女が仕事を終えるのを待っていた。先に話しかけてくれたのは、意外にも彼女だ。急な雨に困っている客に傘を貸してくれようとしたらしい。

『よかったら、今度お茶でも……』
 そう口にしかけた瞬間、彼女に先をこされてしまった。
「お、お願いがあるんです!」
 彼女からのデートの誘いに、うれしくて顔が緩む。もっと知りたいと思っていたのは、自分だけではなかったのだ。
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