秘夜に愛を刻んだエリート御曹司はママとベビーを手放さない
 やけに〝一度きり〟を強調していたことは気になったが、聞けなかった。それでデートがなしになるのが怖かった。
 初デートで碧美島に行こうだなんて、張りきりすぎている自覚はあった。普通の女性なら引くだろう。けれど、彼女はうれしいと笑ってくれる。

「すみません。時間、使いすぎてしまいましたよね」
「いや、勉強になった。ひとつの作品をじっくり見ると、また新しい発見があるものなんだな」
 本当に芸術が好きなのだろう。小さな美術館を見て回るのに、ずいぶんと時間を費やした。けれど、その時間は志弦にとっても楽しいものだった。

 美術館に併設されたカフェの前で彼女は足を止める。
「喉が渇いた?」
 そう聞いたが、どうやら違うようだ。ショーケースに並ぶカラフルなマカロンに夢中になっている。幼い少女のようで、なんともかわいらしい。
「食べていく?」
「あ、でもさっき喫茶店でケーキを食べたばかりだし」
「なら、土産にしよう。マカロンならどこでも食べられるだろ」
 志弦が言うと、彼女の顔がぱっと輝いた。無邪気な反応に、志弦はふっと目を細める。

「君の瞳は雄弁だな。好きなものを見るときは輝きが違う」
「……そんなにわかりやすいですか?」
 照れる仕草も愛らしく、志弦の胸を甘く焦がす。クスクスと笑いながら「あぁ」と答えると、彼女は急にそっぽを向いた。
 志弦は少し困った。
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