秘夜に愛を刻んだエリート御曹司はママとベビーを手放さない
 大河内ホールディングスはグループの持ち株会社だ。持ち株会社制の仕組みをよく知らない人間は『親会社=もっともすごい』という単純な図式を想定するようだが、実際には彼らのいうとおりホールディングス本体はグループの裏方だ。企業における総務・人事のような仕事を担っている。
 大河内グループの花形企業は、やはり商事や銀行だろう。

「志弦さん、なんでうちにいるんですか? 公認会計士資格も持ってて、有能なのに」
 まさか本人が盗み聞きしているとは思ってもいないようで、彼は無邪気に先輩に尋ねた。
「それはアレだよ、お家騒動ってやつ。亡くなった会長の遺言で、弟のほうが後継者と名指しされたから……花形の大河内銀行本店にいた志弦さんは本流を外されてこっちにってとこ」
「うわぁ、露骨ですね。弟さんのほうは商事でしたっけ?」
「そうそう。来年の株主総会で商事の役員に昇格って話らしいぞ」
「まだ二十代ですよね?」
「あぁ、最年少役員の誕生だな。ま、彼はほら。母親っていう強力な後ろ盾もあるから」
 グループのあらゆる情報が集まってくるホールディングスの社員なだけあって、彼らのうわさ話は驚くほど正確だった。志弦が銀行から異動してきたことも、昴が役員になることもそのとおりだった。

「でも、志弦さんもまだ負けが決まったわけじゃないぞ。ロンドンに行った谷口さんが引っ張ろうとしてるって話だから」
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