秘夜に愛を刻んだエリート御曹司はママとベビーを手放さない
 谷口は銀行にいた頃の上司だ。当時は副頭取だったが、つい最近、海外事業のために立ちあげた新会社の社長に就任している。
「お~。兄派と弟派の派閥争いですね。ドラマだ……」
「ま、俺たち下っ端にはなんの影響もないから心配すんな」

 彼らの笑い声を背中で聞きながら、そっとカフェテリアをあとにする。
 祖父が昴を後継者に指名したと知ったときは驚いたし、多少のショックは受けた。目をかけてもらっているという自負があったから。だが、冷静になってみるとそれなりに納得感もあった。
 源蔵はいつだって、大河内グループのことだけを考える経営者だった。身内より会社。冷酷に思える瞬間もあったが、そうでなくては巨大な企業グループは守れない。

 大河内グループは源蔵が健在だった頃から、派閥抗争が深刻化していた。源蔵派と涼花・昴派の争いだ。これで後継者に志弦が指名されれば、派閥争いはますます激化する。お家騒動で弱体化した企業など数えきれないほどの例がある。
 昴を中心とした新しい体制を整えていく。それがグループにとって最善だと、源蔵は判断したのだろう。

(俺は俺の仕事をすればいい)
 銀行の仕事はやりがいがあったが、現在の業務にも不満はない。銀行時代よりむしろ会計士の資格が役立っているし、裏方的な仕事は自分の性に合っている。
< 85 / 181 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop