秘夜に愛を刻んだエリート御曹司はママとベビーを手放さない
 正直に言えば、権力と財産を争う面倒な人間関係から手を引くことができて、ほっとしている部分もある。
 人は権力と財産を得るほどに強欲になっていくものだ。それで不幸になった実例を志弦はたくさん見てきた。

(彼女にも……こんな世界に身を置いてほしくない)
 清香を思うと胸が痛む。彼女が自分の母と同じような道を歩むところを見たくないと思う。大河内家と昴は、きっと彼女を不幸にする。
(いや、そう思いたいだけか)
 自嘲するように、口元をゆがめる。単純に彼女が昴のものになるところを見たくないのだ。だが、彼女の覚悟と実家の事情を知ると、なんとかしてやらねばという気持ちも湧いてくる。
(昴が彼女を幸せにできるのなら)
 そうなってほしい気持ちとならないでほしい気持ち。矛盾する思いにどう折りあいをつけていいのかわからない。

 経営統括室の自身のデスクに戻ると、志弦は引き出しから名刺ケースを取り出して目当ての一枚を捜す。几帳面にかな順に整理してあるので、すぐに見つけることができた。
『大河内商事 営業本部 部長 大河内昴』
 めったに連絡を取り合わないので、プライベートの番号は知らない。仕事用のスマホに連絡をするのも数えるほどだ。

 予想に反して、呼び出し音は短く途切れて、すぐに彼の声が届いた。
『もしもし~』
「突然悪いな。志弦だ」
『マジ? 珍しいこともあるもんだなー。なんか用?』
< 86 / 181 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop