ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハカタ
腐女子、テクニック!
小説を封印され、やることがなくなった僕は、暇を持て余していた。
特にやることもない。
なんだかんだ言って、1日をダラダラと作業所で過ごしていた。
そんな時、熟田さんと他の利用者さん達が雑談をしていた。
僕の第一印象通り、熟田さんはやはり腐女子だった。
それも飛び切りの……。
他の女性利用者さんと話している会話を聞いていたが、知識がない僕には毎日が新鮮だった。
「いやぁ、私、同人誌とか作ってたんすけど、最近、枯れてて……ガル●ンが好きで百合作ってたけど、コミケで来るお客さんが男ばっかで、女性あんまり来てくれなくて。私、何しに来てんだろう? って」
という謎の会話をスラスラと話していた。
他の女性利用者さんたちが「わかるわかる」と笑って頷く。
「『生物』も最近、やる気なくて。このままじゃ、ダメだなぁって思ってるんすよ」
「「うんうん」」
(え、今の会話でなにかわかったの?)
僕は黙って腐女子の会話を見ていた。
そこで、ふと思う。
今書いている自作「気にヤン」は男の娘ものだ。
広く言えば、BLというジャンルなのでは?
そう思った。
ならば、やることもないし、この際だ。
熟田さんも指導することなさそうだし、彼女からBLを習ってみよう。
そして、熟田さんを呼び止める。
「熟田さん、ちょっといいすか?」
「あ、味噌村さん。なんですか? 小説の取材ですか?」
「いや、取材といえば、そうなんですけど……。良かったら、熟田さんの描いてるBL本を読ませてもらえますか?」
別に悪意はなかった。
ただの興味本位。
知りたかっただけだ。
熟田さんは鋭い眼光で僕を睨みつける。
「なっ!? だ、ダメに決まってるでしょ!」
ぶちギレてしまった。
「え、なんでです?」
「ダメなもんはダメです!」
だが、僕も負けていらなれなかった。
好奇心が旺盛だから。
「でも、ネットとかで発表しているんですよね? なら、良くないですか?」
彼女は顔を真っ赤にしながら怒り出す。
「なっ!? ダメです! 私の作品をネットで探しても、味噌村さんの知識なら、絶対見つけられませんよ!」
僕は意味がわからなかった。
「そうなんですか? pixivとかに……」
いいかけて、また怒られる。
「ありません! いいですか、味噌村さんの場合、興味本位でしょ? 界隈にそんな気持ちで近づいたら絶対ダメです! なんでそんなことを知りたいんですか!?」
「え、勉強をしたいからです」
熟田さんは呆れた声で答える。
「あのですね……私のは二次創作です。だから、その作品を好きな人が読んだら、不快に思われる危険性があるんすよ」
説明を受けたが、僕は理解できなかった。
「え、僕は不快に思いませんよ。どんなBLでも抵抗とかないです」
うろたえる熟田さん。
「なっ!? じゃ、じゃあ、例えば、味噌村さんが大好きなアン●ンマンが受けで、ばい●んまんが攻めの本があったら、どう思うんですか!?」
熱く語られてしまった。
「え、すみません。読みたいです」
「なっ!? じゃ、じゃあ、味噌村さんの好きなドラ●もんが受けで、の●太が攻めの作品は!?」
僕は堂々と答えた。
「え、すみません。読みたいです」
驚きを隠せない熟田さん。
「なっ!? じゃ、じゃあ……」
かなり興奮した様子で、僕を叱りたいようだ。
だが、裏で会議を始めようとしていた天拝山さんが、彼女を呼び止める。
「熟田さん! 会議、会議するよ! 早くおいで!」
「チッ……。味噌村さん、まだ話は終わってませんからね! あとで続きを話しますからね!」
「は、はぁ……」
怒らせてしまった。
別に悪意はないんだけどなぁ。
その後も僕はあきらめないで、熟田さんの作品を読みたくて、一生懸命、説得したが、
「ダメです!」
と毎回怒られていた。
仕方ないと思い、
「なら、熟田さんが持っている作品、好きな作品なら読ませてくれますか?」
すると急に彼女の顔が優しくなる。
「あ、それなら全然いいっすよ! でも、私の持ってるのって、絡みが多いっすよ?」
「問題ないです」
「じゃあ、早速明日持ってくるっす! なにがいいっすか? BLか百合」
僕は堂々と答えた。
「全部です!」
次の日、熟田さんは約束通り、大量のマンガを持ってきてくれた。
「味噌村さん、家の本棚見たけど、結構過激なシーン多いですよ? いいんですか?」
「あ、全然いいっす。ありがとうございます」
僕は静かにBLと百合を読み始める。
何もかもが新鮮だった。
ノンケだし、百合もあまり読んだことなかったが、胸キュン展開を多く感じる。
「めっちゃ面白いです。勉強になります、熟田さん」
するとホクホク顔で、彼女は笑う。
「良かったぁ、勉強になってぇ。ありがとうございます」
とまるで、自分の作品のように喜ぶ。
しばらくして、他の女性利用者さん達が来て、僕と熟田さんの読書会を見て、絶句していた。
「えぇ、なにやってるんですか……熟田さん」
「あ、おはようございます。味噌村さんがどうしても読みたいっていうから、持ってきたんすよ」
「その作品って絡み多いでしょ……」
「はい。でも、味噌村さんは抵抗ないらしくて。とりあえず、私の推し作品を全部持ってきました」
その間も僕は激しい絡みのシーンを喜んで読んでいる。
(うわぁ、これが腐女子の名作かぁ。勉強になるなぁ)
そんなことをしていると、斑済さんが近寄って来る。
「味噌村さん、蓮根ちゃんからしっかり習ってるんだね」
「あ、はい! 熟田さんが熱心に教えてくれて、すごく勉強になります!」
「そうかそうか。ところで、それマンガ?」
「はい、熟田さんがわざわざ僕のためにと、持ってきてくれたんです」
「へぇ。僕も読んでみていいかな?」
動揺する熟田さん。
「ま、まあ……」
パラパラと読み出す斑済さんだったが、数秒でパタンと本を閉じた。
「ごめん、僕。他の仕事するわ」
「「「……」」」
気まずいムードで、腐女子の三人が黙り込む。
当の僕と言えば、
「うわぁ、これが百合か! 尊いって言えば、いいんですかね?」
「「「……」」」