ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハカタ

メンタル破壊、テクニック!


 一か月以上経ったころ。
 もう僕はギリギリの精神状態だった。
 20年分の想いで通っていたから、無理していたのだと思う。

 連日、慕っていたスタッフの犬ヶ崎さんに相談をしていた。
 すると彼は
「外で少し空気でも吸いましょう」
 なんて声をかけてくれる。
 それはいいのだが……。
「さ、そろそろ、仕事に戻りましょう」
 と僕の腰に手を当てる。

 それが日数を重ねる度に、腰から下にどんどん降りてくる。

 最終的には、割れ目あたりにまで、降りていた。
(この人、なんでケツ触るんだ? 本人は気がついてないみたいだけど、他の女性にもやってないか?)
 と不安を覚える。

 一ヶ月経って、ようやく工賃の支給日となり、みんなお金をもらいに集まった。
 作業所はぎゅうぎゅう詰めになるほどの賑わい。

 僕は疲れ切っていた。
 ボーッとソファーで黙って座っていた。

 犬ヶ崎さんが、以前、僕が頼んでいたキーボードが届いたと持って来てくれた。
 僕は昔から、弾みのあるキーボードじゃないとタイピングが苦手だった。
 だから、作業所内に経費で注文してもらったのだ。

「味噌村さん、届いたっすよ!」
 メンタルボロボロの僕とは違い、彼は相変わらず、うるさいぐらいの元気だ。
「あ、ありがとうございます……」
 元気はなかったが、ここで一個、犬ヶ崎さんを困らせてやろうと、ボケをかましてみた。

「犬ヶ崎さんはキーボード、返しがなくて、大丈夫な感じですか?」
「俺っすか? ああ、確かに弾みあった方が打っている気がしますよね!」
 この一ヶ月、彼には散々下ネタなど過激なボケで、笑わせてやった。
 唐突なボケで、いつも戸惑っていた。
 だが、耐性ができつつあったようなので、僕も日に日に、ボケのネタが過激になっていく。

「でもあれですよね。弾みがあるキーボードって気持ちいいですよね。まるで、女性のおっぱいのような弾力だと思いません?」
(どうだ、もうツッコミ入れることはできまい)
 だが、僕の予想とは裏腹に、なにを思ったのか、彼は事務所内に響き渡るぐらい大きな声で叫ぶ。

「えぇ!? おっぱいの方が気持ち良い~!!! おっぱいが良い~!!! おっぱい~!!!」
「……」

 静まり返る作業所。
 もちろん、近くには女性スタッフの熟田さんも女性利用者さんもたくさんいた。

「おっぱい~!!!」

 このままではヤバいと思い、僕はネタを変更する。

「犬ヶ崎さんって、Sですか? Mですか?」
「俺ぇ? Sだね!」
 この時ぐらいになると、彼はもうタメ口だった。
 本人曰く、「職場だから敬語でやり取りしましょ」らしいが、たまに抜けているのか、タメ口で話してくる。

「へ、へぇ……」
「味噌村さんはどっちすか?」
 僕は再度ボケをかましてやろうと試みる。
「Mっすね。ケツとか叩かれるの大好きですもん」
 すると、犬ヶ崎さんがにやぁ~ と怪しく微笑み……。
「こんのすきもんがっ!」
 と叫ぶ。

 パーーーン!!!

「いってぇ!」

 僕はケツを思い切り、ブッ叩かれた。
 ガチムチな彼のたくましい右腕で……。

(こ、この人、ヤバい! ほ、掘られる!?)

 2020年、11月14日。14時33分。
 味噌村 幸太郎。
 38才5カ月。
 メンタル死亡。

 僕は退所を決めた。

  了
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