恋とも云えない
1.目が合ったら友達で
居酒屋の壁一面に色あせたお品書きが貼ってあり、その下に座っている男のグラスは空だった。
串から器用に獲物を食らう、焼き鳥を食べる男の姿は獣に見えた。一串を一気に食べ干してしまうその姿に釘付けになってしまい、視線に気づいたその男がこちらに会釈したものだから、顔を伏せて知らぬ顔をする。

無造作なオールバック、そして髪は後ろで1つに束ねておだんごにしている。水色のワイシャツ姿が妙に浮いていた。

「同じのでいい?」

男の声は私に向いていた。私のグラスも空だった。返事するより先に男が酒を注文する。

「ハイボール2つね」

30代くらいのその男は私の2つ隣の席に移動してきた。足取りも酔っ払っている様子はない。場面が面倒になってきたなら早くこの店を出なくてはならないと警戒心が働く。おばちゃんがハイボール2つ持ってうろうろしているのを呼び止め、

「こっち!ごめんなさい、こっちに移った」

とおばちゃんと談笑している姿をみればそんなに悪い人ではないのかもしれないけれど初対面なのだから。気を許せばあっという間に飲み込まれる。それは痛いほどわかっていることだったはず。あまり見かけない変な男だった。人との壁を取り払ってしまう得体の知れなさがある。
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