恋とも云えない
ヒダカ ガクというのが、男の名前だった。ガクは岳と書くらしい。連れていってくれる居酒屋はどれも渋くて、落ち着いていて、安くてうまくて文句のつけようもない。カウンター席で隣あって座ると初対面でも相手のことを気にしなくてすむ。

頼んだハイボールとおでん。
私たちはいつの間にかほろ酔いだった。

「今日はしのちゃんに付き合いたい気分」

「口で言うほど心がこもってませんけど」

「ばれた?」

日高は頬杖をついていた。手のきれいさに見とれる。

「手、きれい」

「触る?ご利益あるよ?人生楽しくなっちゃうかも」

いちいち腹のたつことばかりいう。

「触りません」

断ると、テーブルに置いていた右手に彼の左手が重なった。

「本当軽い男ですね、結婚してるんでしょ」

「してるよ。でもさ結婚してたからってなんなの?」

「なんなのって、軽々しく」

「大事に想いたいの、誰かを」

日高はハイボールを飲み干した。私だって誰かを想いたい。年を取れば取るほど卑屈になる。ねじ曲がって素直になれない。

幸せを願っていた筈なのに、いつからこんな人を妬んでしまうようになったんだろう。出会いがないから?恋人がいないから?

私は自信がない。
悲しいくらい、一人だった。

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