恋とも云えない
男は前にこの店に来ていたとき、私を見かけたらしい。

「眉間のシワ、すごいなって思った」

おつまみの柿ピーを食べながら、そのときの私の真似をしてみせる。シワを再現するために眉間を指でつまんでいる。そんなことされたら、こっちだってもう笑うしかないと愛想笑いを返す。男は意地悪く笑っているけど、嫌味じゃない。
奢ってもらったハイボールを呑みながら、タコワサをつつく。男の距離感は程好くて、余裕すら感じさせた。

「怒ってないのによく怒ってますかって気を遣われる」

独り言のような私の言葉に、男は同意する。

「だろうね。本当怒ってるもん顔」

素直に返されて、男の顔を覗き込む。両手で目を吊り上げて見せた。

「どうせ、こんな顔ですよ」

ふてくされてお酒をあおる。男は私の顔を見つめて、

「喋らなきゃかわいいのにね」

と余計なことばかり言う。それもしっかり上司に言われた言葉だ。余計なお世話だとあの時はよく怒りをこらえたものだ。売り言葉に買い言葉、上等じゃないの。

「愉しそうでうらやましい、何も考えてなさそうで」

私の吐いた毒を、可笑しそうに飲み干して、何も考えてなさそう、と私の言葉を繰り返している。

「考えてもどうにもならんしなぁ」

男は日高と名乗った。
出張でこっちに来てる、もうすぐ東京ともおさらば、とまた天井を見上げた。

「あんた名前は?」

「篠田ですけど」

「しのちゃんね。また会えたら、奢るから」

男はふらりと店を出ていった。
また出会えたらなんて、バカみたいと思いながら、日高の左手の指輪の残像だけ残った。

どいつもこいつも、いつの間にか結婚してる。取り残されてるのは私だけかい、とため息をつく。
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