華に浪漫~夜伽のはずですが溺愛されています~
「どう―して、」

この紙が屋敷のいたるところでばら撒かれていたのかもしれない。
だから女中たちはつばきを見るや否や逃げるようにして消えていったのかもしれない。
いや、かもしれないではなくそうなのだろう。それしか考えられなかった。
つばきは大きく酸素を吸い込み、震えながらそれを吐き出した。
手先が冷たい。まるでここへ来る前のように。
ガタガタと震える体を引きずるようにして玄関へ向かう。
呪われた瞳と思われているが、それは違うのだ。しかし真実を伝えることは出来ない。
涙が溢れた。
皆は悪くない。“呪われた瞳で見つめられたら死ぬ”といわれて恐れない人はいないだろう。
ポロポロと涙が頬を伝って落ちていく。
屋敷から出ようとフラフラと覚束ない足取りで玄関のドアを開けた。
が、目の前に人がいた。
思わず声を出していた。そこに佇んでいたのは中院翔だった。

「あれ?この間の―…」
「っ…中院様、」

翔はつばきを見下ろし最初は笑顔を見せたがつばきの目が真っ赤なこと、頬に涙の筋を見ると顔色を変えた。
「つばきさんだよね。どうしたの?何かあったのかな?」
「いえ、何でもありません。京さまは既に仕事に出ておりますので…」
「そうなんだ。京君に会いに来たんだけど仕事か」
翔は優しく笑いながらそう言うとつばきの頬に手を当てた。突然のことに驚き、声が出ない。
京以外にこのように触れてきた異性はいない。
< 61 / 70 >

この作品をシェア

pagetop