しあわせににおいがあったら、(掌編集)
初めての一人暮らしは失敗ばかり。寂しくて眠れなくて寝坊するし、ポケットに財布を入れたまま洗濯しちゃうし、レンジでチンした卵は爆発するし、レシピ通りに作ったはずの角煮は木材みたいにかっちかちだし。でも人は成長する。三度目の角煮は柔らかくてほろほろで「私天才!」と叫んだよ。
夕方。ふ、と見上げた空に浮かんでいた月が、カレーパンに見えて。食いしん坊みたいだ、と笑いながらツイッターを見たら、ちょうど空と月の写真を載せている人がいて。ああ、今、この瞬間、わたしと同じように空を眺めていた人がいたんだ、って。また笑った。
窓を開けると突き抜けるような青が広がっていて、背筋が震えた。空はこんなにも美しく、清々しく輝いているのに、私はひとりぼっちだ。世の中はこんなにも人や物で溢れかえっているのに、360度見回してみても、知っているものは何もない。これを孤独と言わず、何と呼ぶのだ。だから私は震えている。
改札を出ると、正面にあった伊達政宗公の銅像がなくなっていて驚いた。引っ越してから十数年、この地に戻ることはなかったけれど、まさかあの待ち合わせ場所がなくなっているとは。記憶は鮮明に残っているのに、景色は容赦なく変わる。時の流れを感じながら、見知らぬ空気を吸い込んだ。
百年分の思い出が詰まった祖母の実家が取り壊された。祖母はひどく寂しがっていたけれど、片付けの最中に見つかった数枚の古い写真を見て、顔を綻ばせた。形ある物はいつか朽ち果てるが、思い出は色褪せない。思い出話に花を咲かせる祖母たちの表情は、少女そのものだった。