たとえこの世界から君が消えても
「ふ、ふえっくしゅ」



雨の日の図書室は冷える。


唐突な陽菜先輩の可愛らしいくしゃみに、思わず吹き出す。


風邪を引いてほしくなくて、自分の着ていたブレザーを陽菜先輩に貸してあげる。


俺のブレザーは小柄な陽菜先輩には大きくてぶかぶかで、照れ臭そうに笑う顔が可愛かった。



何気ないこの毎日がずっと続けばいいと思った。


ずっとこの世界にいたいと思ってしまった。



「ただいまー」


「おかえり、父さん」



少しやつれている父さんが俺の横を通り過ぎた瞬間、病院特有の消毒の匂いがした。


きっと今日も帰りに母さんの病室に寄ってきたんだろう。



「今日はカレーか。うまそうだなー」



…父さんは、未だに起きない母さんの病室にどんな気持ちで通っているのだろう?


俺は、形はどうであれ母さんと毎日会うことができ、話せる。


そのおかげもあって再び学校に通えるようになったし、こうして思ったよりも早く普通の生活を送れている。



だけど、父さんは…?
< 62 / 70 >

この作品をシェア

pagetop