演歌歌手安芸野もみじ ライバー(配信)始めます
本編
「この海の凪の様に ただ静かに あなただけ待ってぇぇぇぇいまぁぁぁすぅぅ~~~~♪」

 安芸野もみじ 28歳 職業、演歌歌手。
 すごく広島に関係ありそうな名前だけど、残念ながら東京生まれの東京育ち。だけど祖母の家が広島にあったという安直な理由で、郷愁感を出すためだけにこの芸名がつけられた。本名は、三島亜希子。

 友達と冗談半分で出た区内歌自慢カラオケ大会で、今の事務所の社長に声を掛けられ、演歌歌手として活動を始めて5年。歌は、まぁ人並よりちょっと上手いかな? くらいで、顔はクラスで8番目くらいかも? の平々凡々な女だ。

 CDは一応3枚出させていただいてるが、最新曲『瀬戸の凪』(2年前に発売)は、もちろん大して売れてない。その証拠に、週4日はカラオケボックスでバイトをしている。

 そんな私でも一応ファンがいて、サイン会やコンサートやスーパー銭湯での営業などの活動はそれなりにやっている。ファンの年齢は平均73歳だ。驚いちゃダメ、これでも事務所の中では若いファンが多い方なんだぞ!

 しかし、突如世間を騒がせるやっかいな疫病により、ソーシャルディスタンスが求められるとサイン会やコンサートの活動はできなくなってしまった。営業は減っているというか今後の予定は全て白紙。
そんな状況下で社長は私に一つの命令を下した。

「いいか、もみじ。サイン会もコンサートも出来ない状況なんだ。ほら、今流行ってんだろナントカ動画とかで生放送するやつ。あれなら金かけずに簡単にできるんだろ? 下手したら課金ってやつでジャンジャン儲かるって聞いたぞ。

今、うちの事務所にはもう金がない。お前の新しいCDを作ってやる金も衣装を用意してやる金もない。なんなら前作ったCDの制作費も今の売上じゃあ回収できてない。このまま売上が無ければ、お前に費やしたうん百万円のせいでうちは倒産だ。いいな」

「えっ、ちょっと、社長。そんな配信とか私、わかんないですよ」

「うちの事務所でスマホとパソコンがまともに使えるのはお前と経理の藤井だけだ。な。これは社運がかかったプロジェクトだ。頼んだぞ」

「そんなぁ」

藤井さんをチラッと見ると僕は経理ソフトしか使えませんという顔で、静かに首を横に振るだけであった。
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